MJ と PEPSI (1)
わたしは断然コーラはPEPSI 派。
そりゃマイケルがペプシのCM出てたからですが何か?
PEPSI といえば1984年のMJの火傷事故。
この時は、マイケル個人ではなく、ジャクソンズとの契約でした。
ライブバージョンのCM撮りの最中、演出効果の爆発の火花が彼の頭に引火し、3度の大火傷を負ってしまいます。
(この時の映像も出回っていますが、とても見れませんので(いや、実際は見たけど最悪)ここにも載せません。)
最初PEPSI 側は、MJの使用していたヘアオイルが異常に火に引火しやすい物だったと発表をし、あたかもMJが勝手に照明に近づきすぎたせいで事故が起きたと言わんばかりだったので、さすがのMJも激怒します。
「だったらありのままの映像を公開してよ
そうしたらどうしてこんな事になったか誰もがわかる」
PEPSI の当時の社長が自身の著書「コーラ戦争に勝った!」(今は絶版)で、その時のことを「私はただ、「どうか神様、私たちの名前を出さないでください。どうかペプシの名を出さないでください」と祈るしかない」と書いています。
当時、コカ・コーラとの熾烈なシェア争いをしていたPEPSI 。
ジャクソンズをCMに起用し「さぁ、これから」と敵に大きく溝を開けようとしていた矢先、こんな映像を流せば当然責任を問われ、イメージは失墜し、MJファンの不買運動を引き起こしかねないわけです。
MJの怒りを静めるべく、PEPSHI は和解を申し入れます。
MJも訴訟を起こそうと思えば充分起こせましたが、彼は基本的に争い事が苦手でした。
彼は後に「僕の対応はとても紳士的だったと思う」と語っています。
結局MJは、厄介な訴訟でだらだらと事が長引くのを良しとせず、事故映像の公開をあきらめ和解に応じます。
PEPSHI 側は、150万ドルの慰謝料をMJに支払いました。
MJはこのお金をそっくりそのまま、彼の治療を行った病院(ブロットマン医療センター)内に、新しく火傷専門病棟を設立するために使いました。
それが「Michael Jackson Burn Center(マイケル・ジャクソン火傷センター)」です。
しかし、過去記事にも書きましたが、この時の大火傷は後々までも尾を引き、何度かの頭皮再生手術を受けなくてはならなくなり、激痛を抑える鎮痛剤を処方されることになります。
忌まわしい93年のゆすり訴訟によるストレスから、この鎮痛剤による中毒となってしまう、まさにきっかけとも言うべき事故でした。
ところが皮肉な事に、この事故が逆に宣伝効果となり、CMのキャッチコピーでもあったPEPSI の
「THE CHOICE OF A NEW GENERATION(新世代の選択)」
戦略は、見事大当たりをし、若者層からの絶大なる支持を、MJのみならずPEPSI も受ける事になります。
このおかげでPEPSI は、ついに宿敵コカ・コーラのシェアを逆転することができたわけです。
(ほんと、マイケル様様だっつの。150万ドルぐらい安いっつの)
PEPSI は「あんな事になってしまって、マイケルはもう二度と契約なんか受けないだろうな・・」と思ってました。
普通そう思いますよね。
ところが・・
続きます。
そりゃマイケルがペプシのCM出てたからですが何か?
PEPSI といえば1984年のMJの火傷事故。
この時は、マイケル個人ではなく、ジャクソンズとの契約でした。
ライブバージョンのCM撮りの最中、演出効果の爆発の火花が彼の頭に引火し、3度の大火傷を負ってしまいます。
(この時の映像も出回っていますが、とても見れませんので(いや、実際は見たけど最悪)ここにも載せません。)
最初PEPSI 側は、MJの使用していたヘアオイルが異常に火に引火しやすい物だったと発表をし、あたかもMJが勝手に照明に近づきすぎたせいで事故が起きたと言わんばかりだったので、さすがのMJも激怒します。
「だったらありのままの映像を公開してよ
そうしたらどうしてこんな事になったか誰もがわかる」
PEPSI の当時の社長が自身の著書「コーラ戦争に勝った!」(今は絶版)で、その時のことを「私はただ、「どうか神様、私たちの名前を出さないでください。どうかペプシの名を出さないでください」と祈るしかない」と書いています。
当時、コカ・コーラとの熾烈なシェア争いをしていたPEPSI 。
ジャクソンズをCMに起用し「さぁ、これから」と敵に大きく溝を開けようとしていた矢先、こんな映像を流せば当然責任を問われ、イメージは失墜し、MJファンの不買運動を引き起こしかねないわけです。
MJの怒りを静めるべく、PEPSHI は和解を申し入れます。
MJも訴訟を起こそうと思えば充分起こせましたが、彼は基本的に争い事が苦手でした。
彼は後に「僕の対応はとても紳士的だったと思う」と語っています。
結局MJは、厄介な訴訟でだらだらと事が長引くのを良しとせず、事故映像の公開をあきらめ和解に応じます。
PEPSHI 側は、150万ドルの慰謝料をMJに支払いました。
MJはこのお金をそっくりそのまま、彼の治療を行った病院(ブロットマン医療センター)内に、新しく火傷専門病棟を設立するために使いました。
それが「Michael Jackson Burn Center(マイケル・ジャクソン火傷センター)」です。
しかし、過去記事にも書きましたが、この時の大火傷は後々までも尾を引き、何度かの頭皮再生手術を受けなくてはならなくなり、激痛を抑える鎮痛剤を処方されることになります。
忌まわしい93年のゆすり訴訟によるストレスから、この鎮痛剤による中毒となってしまう、まさにきっかけとも言うべき事故でした。
ところが皮肉な事に、この事故が逆に宣伝効果となり、CMのキャッチコピーでもあったPEPSI の
「THE CHOICE OF A NEW GENERATION(新世代の選択)」
戦略は、見事大当たりをし、若者層からの絶大なる支持を、MJのみならずPEPSI も受ける事になります。
このおかげでPEPSI は、ついに宿敵コカ・コーラのシェアを逆転することができたわけです。
(ほんと、マイケル様様だっつの。150万ドルぐらい安いっつの)
PEPSI は「あんな事になってしまって、マイケルはもう二度と契約なんか受けないだろうな・・」と思ってました。
普通そう思いますよね。
ところが・・
続きます。
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