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The Giving Tree -最上級に自分を高め与える事を喜びとした人

マイケルを天才だと人は呼びます。
それは確かに。

天は二物を与えずということわざは、彼に対してだけは当てはまらないほど、天性の優れた能力を数多く持って生まれてきた人。

人に安らぎを与える事ができる七色の声を生み出せ、さらに性別を超えた音階を難なく出す事を可能にしてしまう声帯(過去記事はこちら
生まれ持った絶対音感に始まって、1度耳で聞いた音は正確な音程で再生できるシンガーとしての才能
教わることなく自然にリズムに反応して美しくしなやかに踊れるダンサーとしての才能
ステージ栄えのする恵まれた手足の長さと小さな頭
恐ろしく魅力的でひきつけられずにいられない笑顔と優しい心
ユニークな観点からアイデアが次々にあふれ出す底知れない発想力

そして必ずあきらめずにやる遂げる強い信念


マイケルはそれら天性の能力をただ使うだけの人ではなく
能力を最上級に伸ばし、更なる高みを目指すために人知れず努力と言うはしごを黙々と登る人

メモ魔の彼は若い頃からいたるところで自分がベストになるためのメソッドを書いています。


80年代の初め、おそらくThrillerが出る前のものだと思われます。
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Mental program - Thought of the subconscious to become the Best M.J

Dream: Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.
Confidence
Faith
Persistence
Belief
Study the great of your field and become Greater.
Know the secrets of your endeavor "The Method"
Mind Target: Control and Influence the subconscious
Best in your field
Be Scientist know.
The Great's Method Try out and then perfect it.
Move Mountains
True Training: A never ending persistence to equal or exceed the performance in your minds eye

メンタルプログラム -最上級への潜在意識の思考力 M.J

夢:偉大な俳優・シンガー・前代未聞のダンサー・エンターテイナー、しかも最上級の
自信
信頼
持続性
信念
自分の分野における偉人から学び、更に超える
自分の努力の方法の秘訣を知る
精神的目標:潜在意識の影響のコントロール
その分野での最高を
科学者がするように
偉大な先人の方法を実践し完成させる
山を動かすんだ
正しいトレーニング:頭の中で実際と同じかそれ以上のイメージを終わることなく持続させる




My program will consist of Mjmemo

I have learned that it is what you put in your mind mentally
What you think and do, that makes your person.
and you can put any mental object in this mind and it will bring it to reality.
So this means,
We can program ourselves to be the people we want to be,
what ever the subject matter is,
live in it by a mental physical program,
a system of learning and doing,
studying all the greats in the field and becoming greater.
My program will consist of

僕は何事も精神的な思考から始まる事を学んだ
何を考えどう行動するかでその人は決まる
心に浮かぶどんなことでもそれを強く頭でイメージすれば現実に至るんだ
この意味は、こうだ
僕らがなりたい自分になるように自分でプログラムできる
その内容が何であろうと
精神的、身体的にプログラムして生きるんだ
学んで実践するシステムだ
その分野におけるすべての偉人から学びそしてより大きくなるんだ
僕のプログラムはもうできている




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By the talent given me by God
Training cultivating it.
Studying the greats in my field and becoming greater.
like a scientist searching persistent
confident to be the Best.
Study the greats and become greater.
Reach the Zenith of my ability as an actor singer dancer. M.J.

神から与えられた才能
それを耕すトレーニング
自分の分野の偉人から学んで、より大きくなること
根気よく研究する科学者のように
ベストである自信をもつ
偉人から学び、それ以上になる
俳優・シンガー・ダンサーとしての自分の能力の頂点に達する M.J.




s-MJ直筆メモアルバムMichael We only live once

We only live once
Since we are given the gift of life
it should be our persistent endeavor to immortalize ourselves
No matter what field of endeavor we choose
M.J.

僕らの人生はたった一度きり
僕らは命というギフトを授かってから
自らの存在を不滅のものにする努力を絶対に惜しんではいけない
自分が選んだからにはたとえどんな分野の努力でも 
M.J.



自伝MOONWALKERより抜粋
In the end, the most important thing is to be true to yourself
and those you love and work hard.
I mean, work like there’s no tomorrow.
Train. Strive. I mean, really train and cultivate your talent to the highest degree.

結局、何よりも大切なのは、自分自身に対して正直であること、愛する人達に対して正直であること、そして、懸命に働くことだと思います。
明日などないつもりで、仕事に全精力を傾け、自分を磨き、奮闘すべきだと、思っているのです。
極限まで、自分の才能を鍛え抜き、伸ばしていくことです。



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俳優にしても、シンガーにしても、ダンサーにしても、その分野での偉大な先人たちから何かを学び、その方法を実践し、更に磨きをかけて完全なものにし、その上で彼らを超えること
自分の能力の頂点へ、自分のイメージしうる最上級の高みを目指すこと
そのための努力を決して惜しまない

パフォーマンスひとつ、ステップひとつ、歌1曲、ほんの短い時間の演技であっても
すべていとも軽々と優雅にこなしているように見えたその水面下で、妥協を許さず自分に出来うる極限までの努力をしていたに違いない人


たとえダイヤの原石であっても、磨かなければ結局は単なる石に過ぎない
彼は自分がダイヤモンドだという事を神に感謝しながら、誰よりもまぶしく煌き、美しく輝き、それでいて何者にも傷つけられないほどの強さを持った最上級の宝石になるため、自分に磨きをかける努力を決して怠らず常に磨き続けることを、若くから誓っていたのでした
その努力の果てに彼がたどり着きたくて成し遂げたかったこと


最高のエンターテイメントを人々に与えること・・



2001年10月26日、ファンの質問に電話で答えるオンラインインタビューで彼は「アーティストができる事、その役割について」聞かれこう答えています。

Yeah, you give of yourself.
You give of your talent, of your ability...
The talent that was given you by the Heavens.
That's why we're here, to bring a sense of escapism in time of need.
if you're a painter you paint, if you're a sculptor, you sculpt, if you're a writer, you write, if you're a songwriter, you give songs, if you're a dancer, you give dance.
You give people some love and some... some bliss and some escapism,
and to show that you truly care from the heart, and be there for them.

Yeah,自分ができるだけ与えること
才能も能力も与えるんです
天から授かったその才能を
いざと言う時、現実逃避の感覚をもたらす、そのために僕らはいるのです
画家なら絵を描き、彫刻家なら作品を彫り、作家なら本を書き、作曲家なら曲を書き、ダンサーならダンスを与えるのです
人々にいくばくかの愛と幸せと現実逃避を与える・・
そうして彼等を心から気にかけていると、彼等のために側にいる、ということを見せてあげるんです



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インタビューの5日前に行われた911チャリティライブ(United we Stand 2001)でのマイケル

自分の天賦の才能と能力を更に努力で磨き上げ極限まで伸ばしたその先に作り上げたものは
すべてすべて、すべてわたし達に与えるため・・

そんな彼が、唯一神様からの贈り物を受け取る場所
それがネバーランドにある1本の大きな木
彼が「My Giving Tree 僕の恵みの木」と名づけた木の上でした

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I call it my giving tree, because it inspires me.
I love climbing trees in general, but this tree I love the most, because I climb up high and I look down on it's branches, and it gives me -- I just love it! So many ideas!
I've written so many of my songs in this tree.
I wrote the Heal the World in this tree, Will You Be There, Black or White, Childhood.

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この木を「僕の恵みの木」と呼んでるよ、インスピレーションをくれるから
もともと木登りが好きだけど、この木が一番大好きなんだ・・高い所に登って枝に座ると与えてくれるんだ・・とにかく好きだよ!本当に沢山のアイデアをくれるんだ!
この木で本当に沢山の歌を書いたよ
「Heal the World」もこの木の上で書いたし、「Will You Be There」「Black or White」「Childhood」とかもね




小学生の頃図書館で読んだ本を思い出します

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「The Giving Tree」(邦題:おおきな木 シルヴァスタイン作

小さな男の子は「彼女」と呼ばれる大きな木と遊ぶのが好きで、彼女も男の子がとても好きでした
いつしか男の子はただ木と遊ぶよりも、自分の都合でいろいろな要求を彼女にするようになります
彼女は男の子が大好きだったので、男の子のためにすべての要求にこたえます

お金を欲しがれば自分の実を売ればいいと実ったりんごをすべて与えます

And the tree was happy.


家を欲しがれば自分の枝で作ればいいと枝を切らせて与えます

And the tree was happy.


ボートを欲しがれば自分の幹をくりぬけばいいと根元から切る事を提案し、とにかく与えて与えて与えるのでした

And the tree was happy・・・but not really.
それでも彼女は幸せだった・・でもほんとうかな


やがて老人になった男の子が今は幹を切られて切り株になった彼女のもとを訪れます
彼女は、もうあなたにあげるものがなにもないのと謝りますが、かつての男の子は、丈夫な歯もないからりんごもいらないし、枝にぶら下がる事ももうできないし、木登りなどとっくに出来ないから幹がなくてもいいんだと・・

でも彼女はやっぱりかつての男の子を喜ばせたくて、だったらわたしの切り株に座って休んだらいいわと提案します
老人となった男の子が静かに彼女の切り株に座ります
そうして・・

And the tree was happy.


ここで物語りは終わりです


※これは最近村上春樹さんの訳で新刊が出ていますが、わたしは個人的にはそれ以前の訳者さんの方が好きです。
日本語にしてしまうとどうしてもニュアンスが断定されるような気がしますし、ただでさえ解釈がどうとでも取れ、自分の状況によって感想も変わるようなある意味自由な物語です。
妙な先入観なしで自分の感性でお読みになりたい方は、とても簡単な英語ですから興味のある方はこちらへどうぞ。
アメリカでは読み聞かせの本として長らく愛されている物語です。Youtubeにもナレーション付動画が数多くUPされています。
寝る前に親が子供に本を読み聞かせるという大切さを語っていたマイケルでしたから、ひょっとすると彼もこの本を子供たちに読み聞かせてあげていたかもしれませんね


子供の頃は読むたびにいつもこの勝手な少年に怒りを覚えていた事を思い出します
この子の言いなりになる「木」を理解できない自分もいました
でもおおきな木にとっては「与えることが喜び」であったならば・・

この物語の解釈はさまざまですが、この木の「与える」事に対する見返りなどいっさい求めず、ただ男の子が喜ぶなら、望むなら、ひたすら与えて与えて与え続けるその「バカ」がつくほどの愛情が、マイケルに重なったりするのです

病気で、劣悪な環境で、戦争で、大人たちの都合で、理由は様々であれど、何かしらどこかしら傷つき希望を失い子供らしい喜びを味わう事ができなくなった多くの子供たちのために、彼らが喜ぶなら、その顔に微笑を生み出せるはずのあらゆるものを与えてきました
それは歌であったり映像であったりショウであったりおもちゃだったりお菓子だったり遊び場であったり病院だったり様々なサポート団体への寄付だったりメッセージだったり、誰もが子供らしく過ごせるようにと精魂込めて作った自宅の開放であったり・・時には自ら出向いて直接会ったり声をかけたり・・

ファンの要求にも

もっと歌を歌って
もっとアルバムを出して
もっと踊って
もっとコンサートをして
もっと姿を見せて
サインをして
笑顔を見せて
声を聞かせて
子供を見せて
愛しているって言って


出来るかぎり彼は与えてくれたのですね

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You give people some love and some... some bliss and some escapism,
and to show that you truly care from the heart, and be there for them.
人々にいくばくかの愛と幸せと現実逃避を与える・・
そうして彼等を心から気にかけていると、彼等のために側にいる、ということを見せてあげるんです



与えるばかりのサンタクロースは、Giving Treeと同じように与える事が喜びだったのでしょうか?



自分が神から授かった能力を極限の高みまで磨き上げる目的が、わたしたちに最上級のエンターテイメントを与えることであったなら

その機会を奪われてしまった時期
与えたくとも拒絶されてしまった時期
あらぬ疑いをかけられる恐れから与えたくとも堂々と与えることが許されなかった時期
自分の名前から連想されるのは、人々に最高の愛と幸せとエスケープシズムを与えるエンターテイナーではなく、安っぽい雑誌の表紙を飾る、あるいはくだらないゴシップニュース番組に取り上げられる常連・・挙句の果てには犯罪者であるかのようなイメージ・・

メンタルマネージメントを通して最上の自分になるために人知れずに努力を重ね、常にポジティブでいようとし、最高の俳優・シンガー・ダンサー・エンターテイナーとして、与える事を喜びと感じて人生を生きる彼にとって、それはどれだけ辛く悲しいことだったか考えるだけで胸がつぶれます・・


でもようやく彼はふたたび世界に自分の持つすべてを与える機会を持った時
こんな言葉を言いました

世界に僕がなにかを与えることができるということを、とてもありがたいと感じるよ


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切り株だけになってもなお、男の子の安息のための場所を提供しようとした「Giving Tree」のように
与えることをつらぬいた人


わたしたちの Giving Tree

彼は今も与えてくれている

幸せを
喜びを
安らぎを
癒しを

人のせいにしない潔さを
前向きに生きる力を
あきらめない強さを

思いやりの心を
寄り添う大切さを
いつくしむ優しさを


自己でなく他者へ向ける本当の愛を


アルバム「MICHAEL」に携わった人々とHis message(2)

前回の続きです。

お待ちかねのマイケルのメッセージです。
Neff-Uがメッセージの説明をしてくれています。



Neff-U: 僕はピアノのところに居て彼はブースに居て、そのとき彼は感情が溢れてきたみたいで、世界に対してどう感じているのかを語り始めたんだ。

"It's like..when..when.. a Mother sends her child off to war they don't know if they're ever gonna come back..you know.
How can we look at such things happening and not...you know..wanna do something.
How can we turn our heads and pretend as if we don't see it...you know.
I can't see people in pain or pretend as if it's not there..."

それは、また家に無事に戻ってこれるかどうかもわからない戦争に、自分の子供を送り出さなければならないお母さんが居る世界・・わかるかな・・
同じ地球上で起きているこうしたことに僕達はどう目を向けるのか、それとも・・・わかってくれるよね・・僕は行動を起こしたいんだ。
どうしたら見てみぬふりから考え方を変えていけるのか・・痛みを抱えている人たちを放ってはおけないんだ・・わかるよね
何も起きていないような態度を取ることなんて僕にはできないよ・・


Neff-U: 彼に嘘はなかったよ。助けを必要とする人には手を差し伸べて、出来る限りの手助けをしようとしていた。チャリティーやいくつもの団体への寄付活動を見ればわかるよね・・

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Neff-Uは番組内のインタビューでもわかるとおり、マイケルがビージーズのバリー・ギブと2002年12月、「All In Your Name」のデモ・セッションをしているスタジオ(Middle Ear Studioはバリーの持つスタジオでマイアミにあります。)で彼らと一緒に仕事をしています。
この曲はバリーとの共作で、アメリカのイラク侵攻に抗議して書いたといわれています。

911の悲劇が起こってすぐの2001年9月16日には、早くも犠牲者や遺族救済の目的で収益金を全て寄付するチャリティソング製作のため多くのアーティストに呼びかけを行ったマイケル。
10月21日には、30THライブで競演をしたばかりのインシンクをはじめ、マライア・キャリー、カルロス・サンタナ、セリーヌ・ディオンら25組以上のアーティストが参加する大規模なチャリティーライブを行います。もちろんその収益も全てテロの犠牲者、遺族に寄付されました。
そのエンディングで歌われたのが、What More Can I Giveでした。
当時アメリカでは、卑怯なテロに屈さずに立ち上がる強いアメリカを多くの国民が欲する気運に満ち満ちていたように、日本にいるわたしでも感じたぐらいですから、ある意味この曲の持つメッセージは物足りないと思う人もいたかもしれません。
犠牲になった愛する家族や友人や知り合い・・そんな人たちのために、彼らの死を無駄にしないために、そして自由の国アメリカのために、テロリズムと言う悪を全て根絶やしにすることこそ正義。
そういった正義感、愛国心、忠誠心を鼓舞する歌ではありませんでしたから。

s-What More Can I Give on 10_ 21_2001 01


How many times can we turn our heads
And pretend we cannot see
Healing the wounds of our broken earth
We are one global family
僕らは何度顔を背け
見て見ぬふりをするのだろう?
壊れた地球の傷を癒さねばならない
僕らは一つの、世界の家族なのに

Brother to brother, lay down our fears and reach out and make a pact
Show him the love that is in our hearts, let us bring salvation back
Just sending your love has the power to heal
So let's all give
兄弟たちよ、恐れを捨てて、手を伸ばし、仲間になろう
相手に心の内に秘めた愛を示し、救いの道を取り戻そう
愛を送ることが、癒す力になる
だから、みんなでそうしよう

Say the words, I'll lay 'em down for you
Just call my name, I am your friend
See then why do they keep teaching us
Such hate and cruelty
We should give over and over again
その言葉を言ってくれれば、僕は武器を捨てる
僕の名前を呼べば、僕は君の友人だ
なのに何故僕らは、
憎悪と残酷の教訓を受け続けるのか?
僕らはもっともっと努力しないと


What More Can I Give:written by Michael Jackson(訳:大西恒樹さん・マイケルの遺した言葉より抜粋)


この曲自体は1999年にはすでに完成していたようですが、詩の内容はまさにタイムリー。
アメリカは表向きアルカイダへの報復としてアフガニスタン紛争へと、そして2002年初頭にはイラクをテロの根源とする悪の枢軸として名指しし、前面戦争への準備を着々と推し進めていくのです。
そんな風に、「正義」という名の下、戦争に次第に駆り立てられてゆく人々に、マイケルは早い段階から「敵味方である前に僕らは家族なんだ」「武器を捨て暴力ではなく愛を与え合わなければ」という、テロに対する報復は憎しみの連鎖を引き起こすだけだという事を訴えたのです。
もちろんそれよりもずっと前から、面子や権力争いの戦いでは、結局犠牲になるのは子供たち、いわゆる普通の人々で、結果何も解決せずただ憎しみの連鎖が続くだけだということを訴え、戦争の愚かさと愛の尊さを曲やライブ演出に込めて贈り続けてきたマイケルにとっては、この歌をこの時期に歌う事に躊躇などなかったのでしょう。
そしてそれはマイケルだけではなく、アメリカのテロ報復攻撃に危惧を抱いたからこそ、この曲のレコーディングやライブへ多くのアーティスト達が参加したのでしょう。


この思いは翌年の彼のスピーチにも表れていると思います。

2002年6月14日、イギリスのエクセターフットボール(サッカー)クラブ主催のチャリティイベントでのスピーチから抜粋

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Sadly, sadly, we live in a state of fear.
Everyday we hear of war on the news, on the radio and television and the newspapers, always of war.
We hear of nations hurting each other, of neighbours hurting each other, of families hurting each other and the children killing each other.
We must learn to live and love each other before its too late.
We have to stop!
We have to stop the prejudice, we have to stop the hating,
we have to stop living in fear of our own neighbours.

悲しいことに・・悲しいことに、僕達は不安な状態で生活しています。
毎日、戦争のニュースが聞こえてきます。ラジオでもデレビでも新聞でも、常に戦争のことなのです。
互いに傷つけあう国同士のニュースが聞こえます・・傷つけあう隣人同士、傷つけあう家族たち、殺しあう子どもたち・・。
僕たちは、愛しあって生きることを手遅れになる前に学ばねばなりません。
もう止めなければ!
僕たちは、偏見で人を見ることを止めなければなりません。人を憎むことなど止めなければ。
自分の隣人にまで恐れを感じて暮らすようなことは止めなければならないのです。


2002年11月21日、ドイツのベルリンで開かれたBambi Award in 2002でマイケルはPop artist of the Millenium賞を受賞しました。彼が「まいったな」と言いながら初めてリーディンググラスを恥ずかしそうにかけた記念的(w)な場面ですから皆さんよくご存知ですよね^^
その時のスピーチから戦争についての言葉を抜粋します。

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September 11 has changed our world.
Not long ago the Berlin walls came down. But recently new walls have been built.
In 1989, people in Germany said " Wir sind ein Volk" (=we are one nation in German)
We are Germans, we are Armenians, French, Italian, Russian, American, Asian, African....many other nationalities.
We are Christians, Jewish, Muslim and Hindu.
We are black, we are white.
We are a community of so many differences, so complex and yet so simple.
WE DO NOT NEED TO HAVE A WAR!!

911は僕たちの世界を変えてしまいました。
ベルリンの壁が壊されたのはそれほど昔ではありません。しかし、最近新しい壁が建設されてしまっています。
1989年にドイツの人々は言いました。「私たちは一つのドイツ国民だ!」と。
僕たちはドイツ人であり、アルメニア人であり、フランス人、イタリア人、ロシア人、アメリカ人、アジア人、アフリカ人・・・さまざまな国民性があります。
僕たちはキリスト教徒で、ユダヤ教徒で、イスラム教徒、ヒンズー教徒です。
僕たちは黒人であり、白人です。
僕たちはさまざまな違いを持つコミュニティなのです、それはとても複雑で、でもとてもシンプルなのです。
僕たちはもう戦争を必要としないのです



イラクへの戦争の気運が高まるこの時期、大勢の人前で話す機会があるごとにこうして反戦を訴えていたマイケル。
そんな彼が長年の友人であるバリー・ギブと共にイラク侵攻の回避を願い抗議の意味を込めた曲作りをすることは自然な事に思われるのです。
二人のセッションはこの年の夏ごろから始まっていたようです。

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この曲の歌詞に具体的な戦争への言及はなされていません。
One family of love とかgiving, not the taking、They're the sameといったマイケルらしい言葉たち・・
ですが、1箇所だけ「war」を見つけました。

where is the peace
We're searching for under the shadows of war
Can we hold out, and stand up, and say no
平和はいったいどこに?
僕らは戦争の影の下でずっと探してる
僕らは抵抗する事ができるんだ、立ち上がって「NO」と言うことも!


歌の歌詞を訳すのは上級センスと確かな語学力が要りますので、いつかきちんとした和訳が上がる事を祈ります。(挫折ですw)

※「All In Your Name」のLyricsはこちらでどうぞ
もうご存知の通りバリーの公式HPで公開されていますよね。
バリーの息子さんがホームビデオで録ってくれたおかげでマイケルの様子を見ることが出来て本当に嬉しいです。
マイケルとバリーの関係、マイケルがビージーズから受けた影響なんかもいずれ記事で掘り下げてみたいと思っています。



そういった背景を考えてみると、冒頭のマイケルがNeff-Uに語った言葉が録音されたのは、この曲をバリーと共に製作していたスタジオでかな・・と思ったりしました。
ただNeff-Uは2006年、マイケルがアイルランドの自然の中で過ごしながら曲作りを再開させた時もスタジオを訪れて一緒に過ごしています。(マイケルがドラムを叩いて一緒にBellie JeanをPLAYしたのだとか!きゃー^^)

その時でなくとも2005年以降だとしたら、あのような苦しい経験をしてもなお彼の目は他者に向けられ、他者の為にできる事を探して・・音楽を通じてそれを成そうとし・・
そうして変わらぬ思いを持ち続け、ようやく機が熟した時がTIIであったのでしょうか。

どちらにしてもこの彼の姿勢は、ずっとずっと彼が若い頃から今に至るまで全く変わらず、常に使命のようにあらゆる問題から目を背けず、人知れず心を痛め、声なき声に耳を傾け、いつでも手をさし伸ばし、そして自分のことよりも他者を常に思いやり、寄り添うように喜びを与え続けてきてくれた彼のその信念が、ぶれることなく終始一貫していたことに、いまさらながら驚きを隠せませんし、わたしたちがマイケルをただアーティストとして好きなだけではなく、ひとりの人間として尊敬せずにはいられない大きな理由です。
時として彼のその、並の人間には真似できないほど深すぎる慈悲の想いや行動が、やはり悲しいことに並の人間には理解できないスケールだったがために、彼の本意からは大きく外れ、捻じ曲げられた報道となってしまいましたよね・・

それが悔しいという言葉では表せないほど悔しくてたまらないわけです・・

だからこそ彼のメッセージを受け止めて大切に胸に刻んで、できれば自分を見失うような時、いつも思い出して自分なりの正しい道を歩いていけるように努力したいと思います。
それはさながら漆黒の夜の海の波間に漂い、方向もわからず途方にくれた時に、進むべき道を照らしてくれる灯台の優しいけれど強い光のように。

どこまでも美しい心を持ち続けた彼を大好きだと言える事が、これほどまでに誇らしくこれほどまでに豊穣な喜びを与えてくれるアーティストは、やはりこの人以外にはいないと心の底から想うのです。




アルバム「MICHAEL」に携わった人々とHis message(1)

「MICHAEL: The Making of the Album」

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これは今年の3月にアメリカで放送された、アルバムMICHAELに関わったアーティスト、プロデューサーたちのそれぞれ関わった曲とマイケルへの想いが語られた番組です。

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残念ながら日本での放送はいまだなされていないようで、動画も日本語字幕がありませんからいつものようにトランススクリプトもなく、ヒアリングが絶望的なわたしにはお手上げだったのですが、どうしても内容が知りたくて、このブログを通して知り合ったMJクラスタの英語堪能なお友達、Mちゃんに無理を言ってスクリプトを起こしてもらい、更には訳していただきました。
おかげで彼らの話す内容がよくわかり、同時にいかに彼らがマイケルをリスペクトし、マイケルの曲に携わる事が幸せだという彼らのマイケルへの想いも伝わってきました。

番組ではアルバムの曲がランダムで紹介され、話すアーティストもそこここで細切れに話す感じなのですが、動画を見ながらだいたいの内容がわかるようにと、Mちゃんがそれぞれの登場人物の話をまとめて和訳してくれましたので、ここでシェアさせていただくことにしました。
(Mちゃんはマイケルスピリットあふれる様々な活動もしているとてもステキな女性です。
彼女のブログはこちら。Mちゃん本当にありがとう^^)


特筆すべきは、動画の18分を過ぎたあたり、ちょうどNeff-Uがマイケルとの思い出を語るシーンで、時期は定かではないのですが、マイケルが彼とレコーディングスタジオにいた時に録られたものだと思われるマイケル本人声でメッセージを聞くことが出来るんですね!^^

これもMちゃんがヒアリングの後、書き起こして訳してくれました!
マイケルのいつものあの優しい声で静かに語られるメッセージ・・
何があってもぶれないマイケルの信念とも言えるメッセージです。
これだけは何としてもここに記録して、シェアしたかったので本当にMちゃんには感謝感謝です^^


では順を追ってご紹介していきますね^^


MICHAEL: The Making of the Album



■50 Cent

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覚えていないくらい小さい頃からずっとファンだ。ビリージーンの黒のジャケットとピンクのシャツにはやられたよ!彼のキャリアは誰とも比べられないよ。

なかなかマイケルに直接会える機会は巡ってこなかった。
でもあるとき僕のDJがマイケルと会う機会があって、彼が僕と仕事をしたがっていて曲を一緒に作りたいと話しているからと電話でマイケルと話したよ。「もちろん、よろこんで」って答えたよ。
そしたらすごく緊張してきて。いつも他のアーティストと仕事をするときは全然緊張なんてしないんだ。
でもマイケルは特別で他のアーティストとは違うから。うまく説明はできないんだけど。

Monsterは2010年バージョンのスリラーだ!
マイケルの電話の後、一度落ち着いて改めて考えて彼に「一緒に仕事をさせて欲しい」って電話したんだ。
僕にとっては本当に素晴らしい機会だった。
マイケルジャクソンと一緒に仕事をして(注:実際に会ったと言う訳ではない)
スタジオにはテディ・ライリーがいて。音楽を聞いた瞬間、すごく興奮したよ。
お互いに凄くのってきて、彼が途中で止める?と聞いてくるんだけど、このまま続けたいって答えていたよ。
彼との仕事をするともっともっとと思わせるんだ。過去に聞いたことのないサウンドだ。

このアルバムはとても特別なものだよ。間違いなくマイケルジャクソンコレクションの一つになるんじゃないかな。永久に語り継がれる芸術の一つだと思うよ。


■Teddy Riley

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5歳で学校に行き始めた頃、ジャクソン5というアニメをやっていたんだ。あのときからずっと彼のファンさ。

初めてマイケルに会ったのは1991年だ。はじめて会ったのにずっと昔から知っているような感じだったよ。
彼はGUY(Teddyのグループ)の最初のアルバムから知っていたよ。
僕の音楽のビートや独特のリズムを気に入ってくれていて「こういう風にやってもらえるかな」って僕に聞いてきたんだ。「同じようにとはいかないけど、もっといいものを作るよ」って答えたよ。
彼との仕事で一番ナーバスになった瞬間は、僕が曲をかけていて5番目の曲になったとき、マイケルが「止めて」って言ったんだ。僕は「やばい!くびになる」って思ったんだけど、彼は「すごいよ!」ってわかるかな。
彼がアルバムをチェックする時のあの感じだ。そうして僕の曲の6・7曲がデンジャラスのアルバムに収められたよ。

僕はマイケルと仕事をするのが本当に大好きだ。僕の可能性を引き出してくれるんだ。
マイケルはプロジェクトの終わりにはいつも僕に「もし上手く行かないようだったら、上手くいくように何でも手伝うよ」って言うんだ。
「君が何をしても僕が最後は笑顔で仕上げるよ」って。
だからこのプロジェクト(MICHAEL)も同じなんだ。僕達は家族同然だし、僕はいい音楽をつくる為にいつもベストを尽くしたい。そう、パズルの一片でありたい。

Hold my handはアルバムの中でお気に入りの曲の一つだよ。彼は一度その曲が気に入るとそこから離れようとしないんだ。

彼はいつも静かに子供達と一緒に楽しく過ごしたがっていたよ。カシオのスタジオはすごく素敵なスタジオだったよ。いい音楽を作ることに集中できるような素晴らしい環境だよ。

(monsterについて)これはパパラッチのことを歌ってるんだ。どこでも出てくる彼らのカメラはモンスターみたいだってね。彼は構想の段階からこの曲は50centと一緒にやりたいって言っていたんだ。50centはスタジオに来て音楽を聞くまで何で自分が選ばれたのかわかっていなかった。聞いたとたん「すごいな」ってビックリしてた。レコーディングの途中で、50centが、ここは自分じゃないマイケルだって言うんだ、それで代わってみたら・・まいったよ!

曲に関して彼がどう感じているのかわからないんだ。だって彼はいつもゆったりとしているから。

Keep your head upは僕にとってとても特別な曲だよ。

Breaking newsを初めて聞いたとき、これは人の心をつかむって確信したよ。

Hollywood tonightのブリッジでは、彼女の夢が叶うんだ。

このアルバムはとても神聖な素晴らしいものになると思う。聞いた人が神聖な気持ちになるような。
全てはマイケルのためだ。他の誰でもない。他の誰にもまねできない。


■Akon

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初めて心を動かされたアルバムはスリラーだ。本当に素晴らしいよ。みんなが彼のキャリアに続いたよ。
彼を目標として、あのレベルに到達できるように。

道を歩いていた時に友達がマイケルが俺を探しているって話を聞いたんだ。黙れ!ってそのときは言ったんだけど、そのあとマイケルから電話がかかってきて一緒にコラボしてアルバムを作らないかって話になって、それからは本当に楽しかったよ。(満面の笑み)
ある日マイケルから電話がかかってきて「エイコン、これは素晴らしい曲になるよ」「世界中にこれを発表しよう」「ほんとうに素晴らしいよ」ってしきりに言うんだ。
僕は何もわからないまま何も言わずマイケルがずっと話していて、それから曲を聴いて「信じられない。素晴らしいよ」って話して。電話中はほかの事なんてもうどうでもいいよ。だってマイケルジャクソンと電話で話をしているんだから!

(hold my handについて)彼は僕をラスベガスに招待してくれて「メロディーがすごく気に入ったよ。一緒に完成させよう。きっと素晴らしいものになるよ。どう思う?」って聞くんだ。
「yeh!やろう」っていう具合いさ。僕達はいつもどういうリズムにするか、どんな感じの曲に仕上げるかを話し合ったよ。世界にどういう影響を与えるのか。どういう印象を与えるのか。そこで、僕はhold my handを自分でレコーディングしてみたんだ。そして、マイケルに聞いてみてって言ったんだ。
僕は必ず素晴らしいものになるって確信していて、マイケルも凄く喜んでくれて、僕は「その顔を見るために聞かせたかったんだ」って言ったよ。
レコーディングはすごく時間がかかることが多いけどhold my handのレコーディングは1時間で終わったよ。
あっという間だった。幸運なことに僕たちが使ったスタジオは本当に素晴らしい機材が全て揃っていて、その環境の中でMJと僕は作業をすることができた。
彼は何でも初めてのことをすることが好きだった。
誰も聴いたことがない見たことがない初めてのものに彼はなりたがった。
いま皆それを体感するんじゃないかな。僕達はこの作品を極秘に進めたかったから、特に彼がね。
だから、レコーディングが終わったら家で続きをやろうということになった。

(最後に)寂しいよ。でも悲しみよりも幸せのほうが大きいよ。彼はいつでも僕達の側に居る。
いつでもどの世代でも楽しめるものを残してくれたんだ。


■Eddie Cascio

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小さい頃にスリラーのPVを見て怖かったのを覚えているよ。あのセンセーション、彼は魔法だよ。本当に魔法のような人だった。
初めて彼にあったときは3歳だった。ニューヨークのヘムズレイパレスホテルでマネージャーをしていた父がマイケルと親しくなって、すごくびっくりしたよ。だって彼はすごく有名人だから。11歳か12歳くらいの時だったかな。
僕は音楽が好きですごくたくさんの曲を知っていて、そしたらマイケルが「自分の曲を書いてみたら?」って言ってくれて、それから書き始めたんだ。
彼がもっとクリエイティブな作品が作れるようにいつも方向性を示してくれていたよ。

ここがマイケルがレコーディングをしたフランクリンロードの僕の家だよ。
彼は1年ぐらいここで過ごしたかな。とても快適だったみたいだよ。家族と過ごして、子供たちも自分の家のように遊んで、料理をしたりして、とても幸せそうだったよ。
このスタジオで音楽についてマイケルとずっと話していたよ。どういう音楽を作りたいとか、何をやりたいとか、話したことは全て現実となっていったよ。
2007年10月彼がこのスタジオに子供達と一緒に来て3ヶ月を過ごした。

ここがマイケルがレコーディングしたスタジオだ。彼はここで睡眠もとっていたよ。
信じられないかも知れないけど、この隅っこにベッド置いて彼は寝ていたよ。

夢が叶った瞬間だった。1年もの間、彼やテディ・ライリー、クインシー・ジョーンズのような他の素晴らしいプロヂューサーたちの仕事を側で見ることが出来た。本当に夢のようだったよ。

s-makingcasio2.jpg
ここがシャワーだよ。この中にベンチを置いて座れるよにしてレコーディングしたこともあったよ。
マイケルがそうしようって言ったんだ。
(スタッフ:マイケルはここでシャワーも浴びたの?)そうだね。ここでシャワーも浴びていたね。

(monsterについて)あんな素晴らしい仕事は初めてだよ。Monsterはすごくエネルギッシュな曲だよね。踊りたくなるような。

(keep your head upについて)希望に溢れていて現代のkeep the faithみたいだ。
彼は環境問題にとても関心を持っていると話してくれたよ。温暖化や特に地球を救う為にはもう時間が限られているんだと話していたよ。

Breaking newsはマイケル自身の話だよ。パパラッチがどこにでもいて彼が何をしてもいつも側で見ている。

僕達は凄く親しくていつも彼の声を聞いていた。いまは彼がここには居ないという事実がとても辛いよ・・
ほんとうに辛い・・

※ファンの評判はやはり否定的なものが多いカシオですが、マイケルからかわいがられ信頼が厚かったのは事実です。
2009年7月のステープルズセンターでのメモリアルで配布されたパンフレットに、カシオはマイケルが心を許した人にしか呼ばせなかった'DooDoo'という彼の名前で呼びかける形で(DooDooに関する過去記事はこちらこちら
「Doo Doo, It is only once in a lifetime where you meet a true Angel sent from the Heavens above.
DooDoo、天国から遣わされた本当の天使に会えるのは生涯で一度だけだね」
という書き出しでメッセージを残しています。


■Lenny Kravitz

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5歳の頃からずっとマイケルのファンだ。I want you backとかABCの頃の素晴らしいシングルをブルックリンのおばあちゃんの家でいつもレコードをかけてって言ってたよ。あの頃から俺はミュージシャンになるんだって決めてたよ!
僕達は、たくさん話して笑って食べて、俺の子供が居て彼の子供が居て、みんな本当の家族みたいだった。
あれからたくさんの人たちと仕事をしてきたけど、彼と一緒に仕事をしたときの情熱や経験は今でもわすれられないよ。

マイケルとAnother dayを一緒にやろうよと電話で話したすぐ翌日に彼がスタジオに来ることはわかっていたよ。
曲全体が美しく、でも切なくて、特に始めの歌詞はね。曲ができてから彼がこれはロック過ぎるから今回のアルバム(INVINCIBLE)には入れない。次のアルバムに入れるよって言ったんだ。よりパンチがあるようにドラムやシンセサイザーの音を強く入れたからね。
アルバムに入らなくても俺は満足してたよ。すごくパワフルで素晴らしい曲に仕上がっていたからね。

彼のファンがこのアルバムを聞くことで、みんな彼の純粋さと強さを知ることになるんじゃないかな。


■Neff-U

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僕は教会で育ったから、オフザウォールもスリラーもバッドもずっと知らなかったよ。
ずいぶん大きくなってからスケートリンクに行ったときに曲がかかっていて、その時初めてアウ!とかパウ!とかあのリズムを聞いて衝撃を受けたんだ。とりこになったよ。でも誰が歌っているのかわからなくて、ずっと探し続けて、大学生になった頃かな、それを歌っていたのはマイケルジャクソンだってわかったんだ!

スタジオに居たときに電話がかかってきたんだ。
(ここからはものまねで)「ハロー、ネフユー?あってる?」「そうですが」「マイケルだよ」「OH!」って感じで。
マイケルは「世界を変えるような音楽を作ろう。みんなが踊りたくなって、幸せになるような。君の音楽を聴くのが楽しみだよ」って言うんだ。とてもシンプルだったよ。
僕は、OK!マイケルジャクソンが電話してきたんだ!って感じさ。

彼は僕をマイアミのバリー・ギブのスタジオに呼び寄せたんだ。スタジオに行ったら、バリーギブとマイケルが何種類ものブリッジを僕に聞かせるんだ。「こうはどうかな」「そうじゃない、これはどうかな」って2人の天才がブリッジをどうしようっていつまでもやっているんだ。(注:これが「All In Your Name」だと思われます)

マイケルは僕に「メロディーは古代からあるんだよ。全ての始まりからメロディーはそこにあった」と話してくれた。そして天に対して心をひらくということも。心を天にひらけば自然とメロディーは生まれてくると教えてくれたよ。信じて耳を傾ける限り、天は僕に話しかけてくれるし、僕の口からはメロディーが生まれてくるって。

(Hollywood Tonightについて)これは彼がこの曲のイメージやどうしたいかが手書きで書いてある紙だ。
s-makingmemo.jpg
(Do smooth, muted, bass on"Hollywood"."Hollywood"は、なめらかな抑えたベースで)

Hollywood tonightはハリウッドを目指す女の子の苦悩が描かれている。

I like the way you love meは、マイケルが僕に持ってきた曲だ。これを一緒に作ろうって。
彼が気に入るために何年もかかったよ。あまり重い感じではなく軽い感じにしたかったみたいだ。
みんな僕にプロデュースをして欲しいとか大きな仕事の話を持ちかけるけど、僕はシンプルにストレートで居たいんだって話していたよ。

(Best of Joyについて)Best of joyは僕たちが曲から完成させなければいけなかったものの一つだ。
s-mj_thebestofjoy_memo.jpg

彼が亡くなったあと、この曲を出して彼のビジョンを完成させようとしたんだ。彼が最後に仕事をしたプロデューサーに会って彼の意思や目指すサウンドを理解して近づけようとしたよ。

(アルバムについて)彼を好きな人々の手に渡ることが嬉しいよ。彼は僕の友達だったよ。彼が亡くなった後もみんなが彼に敬意を表している。ほんとうに素晴らしいよ。


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長くなりました・・
マイケルのメッセージはー?という非難轟々が聞こえそうですが(苦笑)続きます^^



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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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