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Michael と Steve Jobs その4

変人と聞くと、すぐに思い浮かんでしまうのが、マイケルへの蔑称、「Wacko Jacko」
奇人・変人の意味のWackoと、Jacksonの略称、Jackoをかけた造語です。
最近マイケルのファンになった方の中には、これが彼を侮蔑している事を知らずにニックネームだと思っていたという方も少なくないようです。
できれば、マイケルがクインシー・ジョーンズに「スメリー」と呼ばれていたことなんか知らなくてもいいから、この呼び名をマイケルが嫌っていた事を覚えていて欲しいです(^^; よろしくお願いします~w

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これQがくれたんだよ♪


さすがに今は彼を指してWackoと書く雑誌はないみたいですが、UKでは未だに見出しにJackoの文字を見かけます。
使っている側が仮に「親しみを込めている」みたいな言い訳をしても、この言葉に散々傷ついてきた彼を知っているファンからすれば、この呼び名を使った瞬間に「なるほどザ・ワールド」で愛川欽也ことキンキンが「ハイ、ダメー!」とテーブルを叩いて×が出るのと同じなのです。

ジョブズ氏も周りから「変人」と呼ばれることが多かったと聞きます。
その理由は、お風呂嫌いでヒッピーかぶれで禅マニアで、同じ服装ばかりして、Apple社からの報酬は年間1ドルでいいと自ら決めて、慈善事業は全くやらず、少しでも気に入らないと辛らつに部下にあたりそのそのクビを簡単に切り・・などなどですが、こんなことも一方聞いて沙汰するなで、本当のところは深い意味や理由があるのかもしれません。

同じ服装ばかり、というところは、確かに彼のトレードマークは黒いタートルとデニムスタイルでしたけれど、そのタートルはイッセイ・ミヤケに特注したものだとか。
きっかけは80年代初めにSONYの工場を訪問した際、従業員のユニフォームがイッセイ・ミヤケだということにいたく感動し、Appleでもユニフォームをと提案しますが社員に猛反発をくらってその計画は泣く泣くあきらめたとか。
ですが、ジョブズ氏は着る服を考えるわずらわしさから開放されることと同時に、自分のスタイルをシンボル化させたいと考え、個人的にイッセイ・ミヤケに自分だけのユニフォームを、と依頼したそうです。
それがあの黒タートル。イッセイ側は全く同じもの100着の依頼にこたえたのだとか。

黒いタートルにリーバイス501。
そのスタイルはジョブズ氏のまさにシンボルとなりました。

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ピクサーアニメーションのキャラクターみんなジョブズスタイルw


何の説明も要らないその人をあらわすスタイル。

指の先の白いテープ
右腕の腕章
光り輝く片手だけの手袋
黒いフェドラ帽・・

変わっているのかも知れないけれど、ふたりを愛する人たちにとってそのシンボルたちは、彼らを思い起こさせるどこまでもいとおしい大切なアイテムですよね・・

洋服が自分を表現する手段だと思う人にとっては、毎日毎日同じ格好というだけで、それは充分変人と呼ぶに値することなのだと思いますけれど、ジョブズ氏にすれば自分をシンボル化するという究極の表現をしているわけで、それは単なる考え方の相違ともいえると思います。

なにをもってして「変人」とするのかは、マイケルにしろジョブズ氏にしろ、普通ではない発言や発想や選択からなのでしょうが、結局世の中の大いなる偉大な人物は、そういう意味では全員変人です。
隣の誰かといつも同じ考えであれば、人々の記憶に残るような何かを大きく変える偉大な業績も結果も記録も残せなかったでしょうから。


ジョブズ氏はこの記事の「その1」での1984年インタビューに答えた1年後に、その変人ぶりが原因かどうかはさておき周囲との修復不可能な軋轢によって自ら創ったApple社を追われます。
その後、時代はWindowsというOSによりビル・ゲイツ氏率いるマイクロソフト社の天下に。
Appleはかつての勢いを無くし存亡の危機に追い込まれていきます。

ジョブズ氏はその間、新たなベンチャー会社を立ち上げ、あのピクサーを買収し、と自分のやりたいことにひたすら邁進していましたが、1997年に紆余曲折ありながらAppleへの復帰を果たします。
彼がまず行ったことは、瀕死のAppleをもう一度立て直す事。
その際彼が行った、わたしも大好きだったパソコンと言うよりはあまりに斬新でおしゃれなiMacの発売、そして新生Appleを象徴する「Think Different」という一大キャンペーンを展開する事でした。
これらによってAppleのイメージは回復し、その後2001年にAppleのCEOに返り咲き、iPodを始め次から次へと怒涛のApple快進撃へと繋がっていきます。

"Think Different"「発想を変えよう」というタイトルは、確かに文字通りの意味もありますが、当時ハード業界では王座に君臨していたIBMの掲げていた"Think"(IBMのThink Padは有名でした)に真っ向から戦いを挑んでいると当時話題になりました。("Think Different"=Thinkではない)
このあたりも孫さんの話を聞いた後だとジョブズ氏のピーターパン的姿勢といいますか、フック船長に直球勝負!みたいな風に感じられて面白いです。

わたしも当時のことはよく覚えているのですが、基本Macユーザーと呼ばれる人々は当時からあのリンゴのマークがついた製品を、ただのパソコンというにはあまりにも愛していて、それは車でいうと手に入れやすい国産車ではなく特別な思い入れのあるポルシェのような、といいますか、Macを語りだすととまらないぐらいの愛でようだったのです。
今、お使いのPCのどこが素晴らしいか語れます?w
彼らにとっては、単なる道具としてのコンピューターではなくて、きちんとしたコンセプトを理解し、デザインの美しさを愛し、使い勝手など細部にわたって貫かれているAppleのポリシーを支持していたのですね。
だから、そこの象徴であるジョブズ氏がAppleを去った後、母親を無くした子供のようになり、ママのいないおうちにはもう愛情を注ぐ事ができなくなった・・これがApple衰退の一因ではないかと思っています。
ですから97年のジョブズ氏の復帰により業績もイメージも急激に回復するということは、不思議でもなんでもないことだったのですね。
ママが帰って来てくれたのですから。

そういう意味では、スティーブ・ジョブズと言う人は、奇人・変人とどれだけ世間から揶揄されようと、Macユーザーからはその風変わりな点も含めて熱烈に支持され愛され誇りにされた、経営者としては本当に稀有な人であったと思います。




そのThink DifferentキャンペーンでAppleが流したCMです。(日本語バージョンのナレーターは根津甚八さん。US版はジョブズ氏本人です)
どうかぜひご覧ください。

Apple Steve Jobs The Crazy Ones - NEVER BEFORE AIRED 1997


アップルTVCM日本語版1997年


Here’s to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.

クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち

They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.

彼らは規則を嫌う。
彼らは現状を肯定しない。

You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.
About the only thing you cant do is ignore them.
Because they change things.

彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.
While some see them as the crazy ones, we see genius.

彼らは人間を前進させた。
彼らはクレージーと言われるが
私たちは彼らを天才だと思う。

Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。



ここに出てくるのは、アインシュタイン、ヒッチコック、キング牧師、エジソン、ピカソ、ガンジー、モハメド・アリ、マリア・カラス、ジョン・レノン・・他(わたしが不勉強だからわからないだけです、すみません><)
様々な業界で名を残した素晴らしい人たちばかり。

キング牧師は、「わたしには夢がある。いつか黒人と白人が共に手をとりあう世界を創る事」と、レストランはおろかバスさえも黒人と白人が同じ場所に同席する事が困難な時代に(でもたった50年前なのです!)高らかに宣言し、ジョン・レノンは正義の名の元にいつ果てるともわからない終わりのないベトナム戦争のまっ最中に「戦争のない世の中を想像してみよう」とImagineを歌いました。
彼らはクレイジーで変人だったのでしょうか。
空を飛べたらいいと思わないかい?と言った兄弟や、学校では劣等性の烙印を押された発明王と同じように。

そのような変人しかこの映像の中に入らないのだとすれば
もし、Think Differentの今のバージョンを作るなら
間違いなくジョブズ氏はこのモノクロの映像の中に入るでしょう。

そしてきっとマイケルも。


自分を信じることだね。
たとえ何があろうとね。もし世界中が僕に反対しても、からかわれても、そんなことはできっこないと言われても僕は気にしない。自分を信じるんだ。たとえ何があろうと。
この世界に足跡を残してきた偉大な人物たちの何人かは、こんな風に扱われていた・・君も知っての通り、「何もできっこない。何も得られるわけない」って。
彼らはライト兄弟を笑った。トーマスエジソンを笑った。ウォルトディズニーを笑った。ヘンリーフォードをジョークのネタにもしたのさ、彼のことを無知だって言って。ディズニーは学校を中退した。
そうやって彼らははるか向こうへ行ったんだ。
こういう人たちが僕らの文化や習慣、生き方、物事のやり方を形作って、そして変えていったんだよ。


(過去記事)


CRY


You can change the world
(I can't do it by myself)
You can touch the sky
(Gonna take somebody's help)
You're the chosen one
(I'm gonna need some kind of sign)
All cry at same time tonight

All cry at same time tonight
All cry at same time tonight
Change the world

僕らは世界を変えられる。
(僕一人じゃできないよ)
僕らは空にだって手が届く。
(誰かの助けが必要だ)
君らは選ばれし者たちだ。
(僕にそれを示してくれ)
みんなで今夜、同時に叫ぶんだ。

みんなで今夜、同時に叫ぶんだ。
みんなで今夜、同時に叫ぶんだ。
世界を変えよう。


「マイケルが遺した言葉」より引用



Change the world


マイケルとスティーブ・ジョブズ
ふたりの最大の共通点


ジョブズ氏はITで

マイケルは音楽で


世界を変えることを本気で信じた人


Thank you Steve. Rest in peace..



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そしてこれはマイケルに

誰がなんと言おうと
どれだけ否定されようと
これから何があろうとも



あなたを誇りに思う


あなたの音楽

あなたのパフォーマンス


そしてあなたという存在すべてを



大好きな気持ちは変わらないから



もう二度と



変わらないからね



We LOVE you forever




だらだらと長いお話を最後まで読んでくださったあなたにも
Sending big hugs and love to you
Thank you so much

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Michael と Steve Jobs その3

ジョブズ氏の死を悼む声は世界中から聞こえ、それはマイケルの時を髣髴とさせる、と何かの記事で読みました。
マイケルの曲を全部知らなくても、あるいはApple製品を一つも持っていなくても、人々はその不在を悲しみ悼み祈った・・世界中で。
ファンでも信奉者でもない普通の人々にさえ、そうさせるこのふたりに共通する何か。

どちらも世界中にその名が知られていたということ。
そしてどちらも旅立つのが早すぎたということ。


ソフトバンクの孫正義さんがジョブズ氏の魅力をNHKの番組で語っておられます。
※世界を変えた男 スティーブ・ジョブズの素顔 ~その1/2はこちらからどうぞ。
ジョブズ氏がこれまで成し遂げたさまざまな革新的な新しいものづくりの発想の原点を問われた孫さんの答えが、わたしにはまるでマイケルのことを言われているように感じました。
よければぜひご覧ください。5:02~7:15

世界を変えた男 スティーブ・ジョブズの素顔 ~その2/2


「彼が、もっと美しくてワクワクするようなものを作ってみせるから、世の中を一変させてみせるから、と言うその語り口は、経営者やエンジニアのものじゃなく、まるでピーターパンがこれから冒険の旅に出るぞ、お前も一緒に空を飛んでいこう!っていう風なんです。目がきらきらと輝いて話すんですね。吸い込まれるんです。一緒に行きたいと思わせる。彼の中にはビジネスのためとか今期の売り上げとか、そういう退屈な発想などなくて、みんなの腰をぬかせてやるぞ、驚かせてやるぞ!というまるでいたずらっ子のような気持ちだったのでしょう」

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マイケルと仕事を一緒にした人もきっとこの感覚わかるんじゃないかなと思いました。
アルバム製作においても、SFの製作においても、今までのライブにおいても・・TIIの時だって・・
この人についていきたい、この人を喜ばせたい、認められたい、この人とならきっとうまくいく・・と。

過去記事にも書きましたが、こういう時にすぐに思い出すのはマイケルの愛する甥っ子3TのTajの言葉。

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いいかい、タジ。こういう時は必ずドヤ顔だよ


That's what I loved about my uncle.
You truly believed like you could do anything when you were with him.
He made you feel like that. He was so inspirational.

僕は叔父さんのこういうところが大好きだった。
彼と一緒ならどんな事だって出来るって本当に思わせてくれるんだ。
そんな風に感じさせてくれる。
すごいインスピレーションを与えてくれるんだ。

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ジョブズ氏もそうだったでしょうけれど、きっと創作過程でマイケルの目にだけは「もっと良いなにか」がはっきり見えていたから、自分や周りの人たちの力を信じて、壮大な冒険の旅路を先頭切って歩む事ができたのでしょうし、だからこそ、周りはそれまでどれだけ「これ以上無理ですよ」と思っていても、彼らの情熱のオーラに引き寄せられ、魅了され、ついていきたくなり、結果的に最高の作品を創り上げることに成功したのだと思うのです。


しかし、ジョブズ氏の話の中で「ピーターパン」という言葉を聞くとは思ってもみませんでした。
長年のビジネスパートナーである孫さんがこのように感じられたなら、結局歴史に名を残すような人の心の中には、損得勘定ではなく子供のような無邪気さで物事に取り組む純粋さがあるのだということでしょう。

マイケルはよく「僕はピーターパンだ」と語っていました。

この言葉はマスコミに彼を揶揄する格好のキーワードとしてしばしば使われています。
いつまでも大人になる事を拒んでいるのだと、精神的に成熟できない代名詞のように。

なんもわかっちゃいないな~です。

マイケルほど精神的に老成している人はいないとわたしは思っていて。
まだ20歳にも満たない10代の頃、特にモータウンを辞めてそれまでの与えられるだけのグループではなく、自分たちの音楽を自分たちで作っていくという強い意志を持ち、それを実現させたのは他でもないマイケルでした。
その後の仕事の決定や交渉や創作面において、すでに決定権は父のジョーではなくマイケルの肩にかかっていたという事実をみても、「いつまでも子供のままでいたいよ」などという甘っちょろい考えでは到底やっていけるはずがないですし、さらには兄弟と共にいればある意味、責任も心配も分け合う事ができるにもかかわらず、ソロとなってひとりで何もかも背負う道を選ぶでしょうか。

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大人になるにつれて、嫌がおうにも味わってしまう挫折やあきらめ、あるいは結果を恐れる心・・もしうまくいかなかったらどうしょうという迷い、そのようなネガティブな気持ちをいつのまにか体験する事で、知らず知らず生まれる防御の姿勢。
これが悪いという事ではありませんが、それらを知らなかった頃の何に対しても感じていた好奇心と可能性、ワクワクする気持ち。

大人にとってはくだらない事でも、初めての経験は子供の心を高揚させますよね。
決して不謹慎なつもりではないのですが、小さな頃、台風で家の近所の川の堤防が決壊し、自宅が床上浸水したことがありました。
幸いすぐに水は引いたのですが、その時大人はおそらく途方にくれていたのでしょうが、子供だったわたしは、完全な非日常の景色にとても興奮し楽しかった事を覚えています。
長靴を履いてもひざ下まで水が来ていたので、川の中を歩くような、それがどれだけ楽しかったか。
今ならそれこそ「やめてー!」という気持ちになる事が、子供だった頃は楽しくて仕方がなかった。
近所の子供同士で意味なく外に出ては、大人から「泥水は汚いからいけません」などと言われるのを無視して、水鉄砲をしたりビニールプールを浮かせていかだごっこをしたり・・
そしてとにかく長靴から入り込む水の感触を楽しむように、がぼがぼいわせて歩く面白さ。
水の中を歩く、たったそれだけのことが楽しくて、しかもうまく走れないのが最高に面白い。しかも転んでも痛くない。水の中だから。それがまた嬉しくて。


誤解を恐れずに言えば、命を危険にさらされない程度の非日常は、子共にとっては最高なファンタジーなのだと思います。
その、物事を自分たちの楽しみに変えてしまう想像力とたくましさとポジティブさ。
そこには、楽しいか楽しくないか、好きか嫌いか、嬉しいか悲しいか、たったそれだけのとてもシンプルな、素朴で純粋な感情。

これらの感性と対極にあるものを、後に大人になる過程で身につけたとしても、いつまでもある種のスピリチュアルな子供の感性を優先させることが、彼にとってのピーターパンなのであって、ただ子供っぽく幼稚に大人としての振る舞いが嫌だとか責任が嫌だとか、ぐずぐずいつまでも自立できない幼児性を指しているのではないのであって。

ですが、ジョブズ氏の場合ならおそらくこの「ピーターパン」というキーワードは別の表現となるのではないかと思います。
例えば「ピーターパン-子供の感性を失うことなく世界を変えた男」みたいな。
これがマイケルなら何故か「ピーターパン-大人になる事を拒み続けたMan In The Mirror」みたいな風になるわけです。

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これはわたしの考えですが、アメリカのマスコミ・メディアはマイケルがジャクソン5でデビューした頃から彼を知っていて、彼を「歌と踊りがうまい黒人の子供」というイメージでをいつまでも見ていたことがその原因のひとつではないかと思ったりするのです。
わたしなどもテレビの世界で子役で出ていた子供が、ある日大人となって画面に登場しても、どこか「あの小さな○○ちゃんがねぇ」みたいに、一人前の大人というより、親戚の子供のように、普通にリスペクトする対象と言うよりは「頑張ってるねぇ」みたいなどこかまっとうに見ていない部分があったりします。
それと同じように彼が何をしても「ああ、あのちびっ子マイケルね」と、どこか自分たちより下に見ている、そういう風潮がマスコミ全体にあったとしたら。

彼は男兄弟の中では一番キャサママの影響を受け、敬虔なエホバの信者でしたから、礼儀正しく真面目で恥ずかしがり屋の優等生キャラがぴったりでした。
ところが皮肉な事にマイケルはジャクソン5の中でのキーパーソンでしたから、嫌がおうにも常に注目される。
他の兄弟がある程度やんちゃな事を言ったりしたりしても、残念ながらあまり目立たず、そのかわりそれがマイケルならば、大騒ぎになってしまう。
あの小さかった「みんなのマイケル」がそのイメージを逸脱する事は、ある意味許されない事だったのかもしれません。
ところがある日を境に、「ああ、あの歌のうまい黒人の坊やね」と思っていた子供が、白人が誇るアーティスト(エルビスやビートルズ)さえ成し遂げなかった大きな記録を作りギネスにまで名を残し巨万の富を手に入れたのです。

マイケルに対するマスコミの意地悪さは、単に黒人の分際で、的な人種差別というものに加え、自分たちが下に見ていた、わかりやすく言えばクラスの中で真面目でおとなしい、何を言っても怒る事のない、自分たちにはむかうような事をしないと思っていたクラスメートが、社会に出た時自分の会社の社長だった、ぐらいの違和感といえばいいでしょうか、そういうものをどうしても認めたくない妙な感情が働いているように思えて仕方ないのです。

その理由は、マイケルが常に指摘していた「無知から来る偏見」なのだと思います。
いつまでも子供じゃないマイケルを「そんなはずはない、あんな黒人のチビがそんな偉業を行えるわけがない」と、彼本人を見ようとしないで、彼の考えを知ろうとしないで決め付け、ピーターパン発言を、本来の彼の真意を汲み取ることなく「ヤツはいつまでも子供でいたいのだ。もう大人の癖に」と、マイケルを自分たちの知っている何も出来ない子供のままの位置に縛り付け、いつまでも自分たちのほうが上だというプライドを保ちつつ、とはいえ面白くない違和感を払拭するかのように攻め立てるという、まったくもってストレートではない報道にすり替えていたという風に思えてならないのです。

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マイケルを上から見下ろしたかった意識の根底には、先に述べたとおりの根深いレイシズム(人種差別主義)に加え、単なるチャイルドスターだろ、とどこか軽く扱っていた彼が、想像もしていなかった成功をしてしまうと、一体どこまでこいつは愛されてゆくのだろう、どこまで大きくなるのだろう、どこまで世界を変えていってしまうのだろうと、何かが大きく逆転してしまうのではないかといった恐れを生み、その恐れは嫉妬へ変化し、それらが複雑に交じり合った不遜な意識がどす黒く横たわっていたのではないのかと。
そして、自分たちの恐れを現実のものにするまいと最終的には最大の防御、つまり攻撃へと変化していったのだと。

あの酷い写真の流出を許し、その後の報道に利用するメディアは、何一つ変わっていないのだと痛感せざるを得ません。
日本と違って全て公開される裁判ですし、陪審員制度である事から証拠とみなされるものが提示されるのは仕方がないと思います。
問題はその後で・・
自分の家族なら写真をあのように人目にさらしたいと思うはずがないのですから、ほんの少しの想像力があれば・・と残念で仕方ないです。
メディアはいつまでもMJ=奇異というイメージを保ちたいのでしょう。なぜならそれを否定する事は今までの自分たちを否定する事になるからです。
彼がさんざん「信じないで」といい続けた捻じ曲げられた報道というものに、今なお惑わされてはいけないと強く感じたと同時に、胸が張り裂けそうな事実の中に、彼の意思と決意と真心と優しさを読み取り汲み取り、その小さなかけらにこそわたしたちのマイケルを見出し、それこそを信じる事が、ファンである自分ができることなのだと思っています。


ああ、少し話がジョブズ氏から離れすぎました・・><



続きます


Michael と Steve Jobs その2

マイケルはこの年(1984年)から4年後の1988年に出版された彼の著書「MOON WALKER」で自分の「強さ」をこのように書いています。

公平に扱ってもらえないでいると、時に人間と言うものは強く決然となれるのです。
奴隷制はおぞましい制度でしたが、アメリカの黒人がその抑圧的制度から逃れた時、彼らは前よりずっと逞しくなっていました。
彼らは自分の生活を支配している人間から精神的暴力を受けることがどういうことなのか知っていたからこそ、二度とそんなことを起こそうとしなかったのです。
僕はそういう強さに憧れます。
そうした力を持っている人間は、立ち上がって、信じていることに血と魂を注ぎ込む事ができるのです。



ここに書かれている彼の言葉が、まさに80年の屈辱を力に変えて84年に見事に結果を出した「公平に扱われない人間の決然とした強さ」を物語っていると思います。
彼は内に秘めたその強さを掲げ、常に有言実行の人であり、絶対にあきらめない人であり、そのためには努力を惜しまない人でした。

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2003年マイケルは親友の映画監督ブレット・ラトナーとフロリダでバカンスを過ごし、その際知人の経営するスーパーマーケットを貸切して、人生初めての「自由に一人で誰にも遠慮せずにお買い物」をしました。
その時の様子はわたしの大好きな「Private Home Movie」でも映っていますからご覧になった方も多いでしょうし、フリスビー結構へたくそというKingの意外な弱点なんかもわかって楽しいわけですが(笑)
渋滞している車の中で運転しているのがブレットで、マイケルは後部座席でノリノリ♪という場面もありましたよね^^

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おそらく同じ日に録られたブレットによるマイケルへの本当にプライベートなインタビューが、マイケルの承諾を経て公開されています。(2004 Interview Magazin)
このインタビューでは、マイケルが気の置けない友人相手にサービスしなくていいからか、びっくりするほど滑舌悪くもしゃもしゃ話すところが個人的に萌えます♪そのやる気のなさそうな滑舌の悪いぼそぼそした話し方の彼が、普段のマイケルなんだと思うと愛しすぎます^^
それ以上に内容がとても濃く本当に興味深くて、「ああ、だからか」とか「やっぱりそうなのか」とか合点のいくところも満載で・・て、その話をしだすと今回の流れから大幅に逸脱し戻って来れそうにありませんので、今回は唇をかんで見送りますw
ですが、いずれ近いうちに絶対お話ししたいと思ってます。(おっと、いつになるかは言えないなGirl^^)

Youtubeでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、ブレットがサイト上で当時の記事の一部ををUPしてくれていますので、そこから引用しますね。
Youtubeでご覧になる方はこちらからどうぞ。マイケルが下記の言葉を話すのは、2:32~3:51の部分です。^^

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ブレット:じゃあ、音楽ビジネスでブレイクしたい誰かのために、助言をいくつか挙げてくれない?

MJ: Believe in yourself. Study the greats and become greater. And be a scientist. Dissect. Dissect.
自分を信じることだね。偉大なことを勉強して、さらに偉大になること。そして科学者であること。分析だね、細かく分析するんだよ

※この言葉も若い頃から言っていますよね^^過去記事

ブレット:君は前にこうも言ったね。あきらめないことって。

MJ: No matter what. I don't care if the whole world is against you or teasing you or saying you're not gonna make it. Believe in yourself. No matter what.
Some of the greatest men who have made their mark on this world were treated like that--you know, "You're not gonna do it,you're not gonna get anywhere."
They laughed at the Wright brothers. They laughed at Thomas Edison. They laughed at Walt Disney. They made jokes about Henry Ford. They said he was ignorant. Disney dropped out of school.
That's how far they went.
These men shaped and changed our culture, our customs, the way we live, the way we do things.
たとえ何があろうとね。もし世界中が僕に反対しても、からかわれても、そんなことはできっこないと言われても僕は気にしない。自分を信じるんだ。たとえ何があろうと。
この世界に足跡を残してきた偉大な人物たちの何人かは、こんな風に扱われていた・・君も知っての通り、「何もできっこない。何も得られるわけない」って。
彼らはライト兄弟を笑った。トーマスエジソンを笑った。ウォルトディズニーを笑った。ヘンリーフォードをジョークのネタにもしたのさ、彼のことを無知だって言って。ディズニーは学校を中退した。
そうやって彼らははるか向こうへ行ったんだ。
こういう人たちが僕らの文化や習慣、生き方、物事のやり方を形作って、そして変えていったんだよ。



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Keep The Faith



So Keep The Faith, Ow
Don't Let Nobody Take You Down, Brother
Just Keep Your Eyes On The Prize And Your Feet
Flat On The Ground
Keep The Faith, Baby, Yea
Because It's Just A Matter Of Time
Before Your Confidence Will Win Out

だから信念を持ち続けるんだ
誰にも君を挫折させてはいけないよ、
Brother
眼をしっかりと目標に向け、足はしっかりと
大地を踏みしめて
信じ続けるんだよ、Baby, Yea
だって、時間の問題なんだから、
君の自信が大勝利を収めるまでは


「マイケルの遺した言葉」より引用



ここでも変わらない彼の信条が垣間見れます。
彼のこの「何があろうと何を言われようと絶対にあきらめない」という姿勢は、若い頃から終始変わらないわけですが、世の中の天才といわれる人はこの信念というものが共通していますよね。もちろんジョブズ氏も例に漏れず。
彼は2001年日本で収録されたNHK「クローズアップ現代」でのインタビューで同じことを語っています。

「夢を実現できるか否かは途中であきらめるかどうかにかかっています。必要なのは強い情熱なのです」



ジョブズ氏の訃報が流れた日、マイケルのボディガード(Bill Whitfield, Javon Beard)がFacebookと、一部Twitterにこんなメッセージを出しました。

“Not many people knew that Mr. Jackson and Steve Jobs were friends, they spoke often.
Mr Jobs sent 12 iPhones to Mr Jackson two weeks before they went on sale to the public.
Mr. Jackson gave Bill and BJ (bodyguards) iPhones for Christmas and had them personally engraved.”
ミスター・ジャクソンとスティーブ・ジョブズが友人だった事を知る人は少ない。彼らはよく話をしていた。
ジョブズ氏は、公式発売日より2週間も前に12台のiPhoneをミスター・ジャクソンに送った。
ミスター・ジャクソンは(ボディガードの)ビルとBJに、個人の刻印をつけたiPhoneをクリスマスプレゼントとしてくれたんだ。


2007年のことですね。
2006年からマイケルのボディガードを務めたBill Whitfieldが、今もたまにFacebookでファンの質問に答えています。
去年彼らの記事が出て、ひとつ気になっていた記述があったのです。(source)
マイケルは子供たちへの影響を常に心配し、買い物先で目にしたゴシップ雑誌の表紙に自分の名前が出ていると、その雑誌を裏返して子供に見られないようにしていたそうです。
いつしかその役目はボディガードの仕事となったと語っていました。
マイケルは普段は良く笑う人だったけれど、相変わらず自分に対して嘘ばかり書くマスコミにいらだった事があって、珍しくいらいらを爆発させた彼は、ビルの携帯を窓に投げつけ、窓ガラスをこなごなにしてしまったそう。
そして一瞬の間があってマイケルはビルを見てこう言いました。

Bill, you're going to need a new phone.
ビル、新しい電話が必要になっちゃったね



MJ 2002 Malnick era 5-1
次のヤツはdocomoにするかい?


マイケルがかっとなる事も珍しい事だったと思いますし、彼をそんな風にさせたのはやっぱり3流のゴシップ誌に子供が見ると傷つくような記事があったのでしょう。
それを思うとやるせない気持ちになりましたが、そのあと、怒りに任せて人の携帯を窓に叩きつけ、ふと我にかえって、これはわたしの妄想ですけれど、おそらくえへへ・・みたいな感じで「ビル、新しい電話が必要になっちゃったね」っていう・・そして、ビルが「はぁぁ?必要になった、じゃねーよ!」と突っ込みたいけれど、そこはぐっと堪えて同じようにえへへ・・みたいな感じで「え、ええ、そうですね・・」と言ってる光景が目に浮かび、わたしのツボにはまりまくったシーンなのでした・・すみませんw


で、その後の顛末をファンが質問するとビルがこう答えていました。

「数日後に彼は僕ら全員に新しいiPhoneを持ってきてくれたよ♪」


この時のiPhoneは買ったのかな、もらったのかな・・また別のものなのかな・・
ビルの「おれの携帯が~(/_;)事件」を知っていたので、ジョブズ氏がマイケルと親しかったということがわかってなんだかよかった、と思ったのでしたw

ですが、始めはふたりが親しかったというのは少し意外な気がしました。
もちろんお互いは知っていたと思いますが、友人レベルだとは。
確かにマイケルのネバーランド内のコンピューターは19台、すべてMacでしたけれど。


ジョブズ氏はApple社の創業者の一人でしたし、あのトイ・ストーリーを世に送り出したピクサー・アニメーション・スタジオの創設者でもありましたし、ディズニーの筆頭株主でもありましたし、優秀なデザイナーでもあり、有能なプレゼンターでもあり、人をとりこにするスピーチの名手でもあり、経営者と一言で言うにはあまりに多くの顔がありました。

同じくシンガーでありダンサーであり、ソングライターであり音楽的技術に長けたコンポーザーでありプロデューサーであり、映像を良く知る俳優であり、芸術の造詣が深いアーティストでもあり、先見の明を持ったビジネスマンでもあるマイケル。

どちらももう二度と同じような人間は出てこないと評される、(同時に変わり者とも)不出世のふたりの天才は、いったいどんな話をしていたのでしょうか・・
映像の仕事をいずれ一生の仕事にしたかったマイケルにとって、ピクサーの話にはきっと興味しんしんだったでしょうし、新しいテクノロジーも大好きで、2006年来日時、SMAP×SMAPでもLED電球の大きなディスプレイばかり注目していた彼ですから、ジョブズ氏の語る未来の「きっとなにかよいもの」の話も興味深かったはずでしょうし、お互いに、こうと決めたら一歩も譲らない完ぺき主義者、それゆえ話も合ったのかもしれません。

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ヤァ、カンバンワ♪


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このままずっと触っていたら「じゃマイケルさんお土産に」・・なんて言われるかもしれない・・


そして何より革新者同士。


2001年ファンとのオンラインインタビュー Online Audio Chat - October 26, 2001

That's one of my favorite things, hearing the music really loud.
'Cause I like to play music loud. I mean, it's, uh...
If you play something over the Internet or small speakers, it doesn't have the same punch.
That's why you have to buy it.
You have to buy that CD to really hear that punch. It makes a huge difference. Huge difference. There's no comparison.
Buying the CD is the best thing. There's no comparison.
You can't hear all those sounds if you do it on a smaller system.

音楽を本当に大音量で聴くことは僕のお気に入りの一つなんだ。
音楽を大音響でかけるのが好きなんだ。それはつまり、うーん・・
インターネットや小さなスピーカーで流しても、同じパンチにならないんだ。
これが君達がCDを買わなきゃいけない理由だよ。
本物のパンチを聴くためにはCDを買わなきゃ。それはとんでもない違いだよ。とてつもなく大違いなんだ。比べても意味がないくらいね。
CDを買わなくちゃ。比較にならないよ。
小さな(スピーカー)システムではすべての音を聴きとれないからね。



MJ 2001 Invincible 4
サイン会なんだからボールペンじゃなくてサインペンだよね普通・・ねぇ誰か、ねぇ・・


ちょうどINVINCIBLEが発売された時で、おそらく半分は「僕のINVINCIBLE、ちゃんとCDを買ってね♪」というセールストークかもですが(笑)、実際彼は大音響で音楽をかける人としても有名でしたよね。
彼は自分がそうだったから、余計に細部にわたって「音作り」にこだわったのですね。
自分と同じように大きな音で聴く人を想定して、だからこそ面白い音、革新的な音、マシンで作り上げる単調な音ではなく本物の音、頑固なまでにそれら様々なことにこだわってアルバムを作っていたわけで。
そういう意味では、iPodのようなデジタル機器でヘッドフォンを通して聴かれるよりも、CDでいいスピーカーシステムで聴いて欲しいと思っていたはずですが、わたしがマイケルをすごい人だなぁと思うところは、彼はとても頑固だけれど、それは自らの創作に限ってであって、自分の音楽を楽しんでもらう人に対しては、とてもフレキシブルで優しくて寛大なところなのです。

たまに芸術家風を吹かせて「この音がわからないやつには聴いてもらわなくても結構だ」的なアーティストもいますけれど、そういう少しとんがったアーティストでも年齢を重ねていくと、そういう傲慢な考えから抜け出るようですが、マイケルは幼少の頃からエンターテイメント業界の荒波にもまれてきたからなのか、彼の資質がそうさせるのか、どんな悪い環境で自分の音楽が流れようとそれを聴いて口ずさんだり、踊りだしたり、要するに楽しんでくれればすべてがOK!という、まったくもって傲慢さなどかけらもない、しかもそれが若い頃から一貫しているという珍しく柔軟な人でした。

普通、といいますか、よくあるパターンで、異常に大ヒットを放ったアーティストは、その爆発的なヒット曲に自らが押しつぶされて、そのヒット曲から離れたいと思う傾向があるようです。
しかしそれも年月がたち、見方が変わると、その歌を自身の大切な歌として認識し、ようやく名実共にその人の代表曲としてアーティスト自身が受け入れる・・というような。
マイケルはThrillerを出して以降、そんな普通の人とは比べ物にならないぐらいの金字塔を打ち立てた化け物のようなアルバムと、いつも比べられそれを意識させられ、普通なら創作活動に支障が出てもおかしくないほどのプレッシャーに付きまとわれたにもかかわらず、彼はツアーのセットリストからこのアルバムからの曲を、もちろんThrillerもはずすことなく、それどころかイリュージョンなどコンサートの目玉演出をする格好の楽曲として位置づけていました。
何もわかっていない音楽評論家などは、どんなアルバムを出そうと「Thrillerを超えられない」と揶揄しましたけれど、売り上げは超えてなくとも、確実にマイケルは革新者として前進していました。
わたしの意見としては、あの一風変わったラブソングであるThrillerよりも、その後のGhostやIs It Scary、Threatenedのほうが、音の厚みや展開の仕方、何もかもが上だと思ってるのですけれどw

そういった彼の柔軟さは、「絶対CDで」なんていいつつ、時代の流れを的確につかみ、その流れをうまく取り入れようとしていた冷静さとあいまって、本来はCDの敵である楽曲のインターネット販売の先駆けであるジョブズ氏のiTuneを支持する所にもみてとれます。

2003年にアメリカでひとつの法案が可決されようとしていました。
当時はファイル交換サイトが若者に人気で、不正な楽曲ダウンロードが横行していた事もあり、著作権保護ファイルを交換することに対して重い刑罰(最高懲役5年)を科すというものでした。
この時マイケルはその法案に異議を唱える声明文を発表しました。(source)

I am speechless about the idea of putting music fans in jail for downloading music.
It is wrong to illegally download, but the answer cannot be jail.
Here in America we create new opportunities out of adversity, not punitive laws, and we should look to new technologies like Apple's new Music Store for solutions.
This way, innovation continues to be the hallmark of America.
It is the fans that drive the success of the music business.

楽曲をダウンロードした音楽ファンを刑務所におくるという考え方には言葉もありません。
不正なダウンロードは間違った事ですが、その解決策が刑務所であるはずがないのです。
ここアメリカでは、懲罰的な法律ではなく、逆境から新しいチャンス創り上げてきました。我々は解決のためにアップル社の新しいミュージックストアのような新技術に目を向けるべきなのです。
このような革新性こそがアメリカの特質であり続けるのです。

音楽ビジネスの成功は、ファンこそがその原動力なのですから。



革新者(パイオニア)であれ

これも彼の信条のひとつでしたよね^^
誰もが考えもつかないようなアイデアを形にしていくこと。
常にパイオニアであり続けようとしたマイケルが、いつもびっくりするものを提供しながらわたしたちの生活を変えてきたジョブズ氏と友人であることは、もはやなんら不思議ではないことに思います。



続きます

Michael と Steve Jobs その1

10月5日、Appleのスティーブ・ジョブズ氏がお亡くなりになりました。
マイケルより3つ年上。

Jobs and Apple Logo

その前日、iPhone4Sが発表され、本来ならば新製品の発表時には、どれほどだまされまい、と気負っていても最後にはその製品のとりこになってしまうと言われるほどの、彼の言葉巧みで魅力的なプレゼンが催されますが、この日は残念ながら闘病中だった彼は不在でした。
いつも世界中を驚かすものを作っては、わたしたちの生活をがらりと変えてきた完ぺき主義の天才は、愛する自分の作品の発表を見届けるように、翌日静かに息を引き取りました。

iPhone4Sは実は、iPhone for Steve という名称らしいですが、常に作品に対して妥協を許さず、それをめぐって周囲といかなる軋轢を生んでも自分の美意識にこだわった彼が、はたしてそこはかとなくきわめて個人的でセンチメンタルな響きを持つこのネーミングを心底納得していたのかどうかは、わたしには少し疑わしかったりしますが(笑)


わたしが初めて触ったパーソナルコンピューターがMacintoshでした。
以前商社でプログラマーとして働いていた頃、コマンドをキーボードから打てども打てども思い通りにプログラムが走らないというストレス満載な経験をしてきたわたしにとって、マウスで直感的にディスプレイをクリックすれば、やりたいことが何でも出来るという、今では当たり前のことにとても感動した事を覚えています。
マウスでクリックする、それはあたかも、ビビリバビデブゥという不思議なおまじないをとなえること、アラジンの魔法のランプをこすること、あるいはピーターパンに出てくるウェンディが振りかけてくれる金の粉のように、たちまち空も飛べてしまう、何でも出来てしまう、しかも誰でも簡単に、という可能性の世界へのドアをあける動作だったのです。


Steve Jobs iMac
iMacとジョブズ氏 わたしが持っていたのもBlueでしたが、本当はオレンジが欲しかった(/_;)



Macintoshがこの世に産声を上げたのが1984年。

その第1号機は一体誰のものかご存知ですか?^^
ジョン・レノン、オノ・ヨーコご夫妻の息子さんで、我らがマイケルとMOON WALKERで競演したショーン・レノンです。

MJandSeanLennon.jpg

マイケルと競演する3年前、彼の9歳のお誕生日のプレゼントとして。


僕は9歳のときからアップルを使っているんだ。
しかも最初に使っていたのはスティーヴ・ジョブズから直接もらった、1号機だったんだよね。
まだインターネットもない時代だったんだけど、電話を使って通信したり、いろんなことをやっていたよ。
ゲームのプログラミングもしたんだけど、思春期になって女の子が目に入るようになってから、ちょっと興味が遠のいてしまってね。でも今もずっとアップルを使っていて、作曲もアップルを使っているよ。
そういえばこんな話があるんだ。
コンピュータに画像が出たり絵が書けるなんてことがまだ珍しかった時代、ちょうどアップル・ペイントというソフトが出来てきたくらいに、僕の誕生日があって、アンディ・ウォーホールとキース・ヘリングが来てくれたことがあったんだ。
それを見て興味をもったアンディ・ウォーホールがアップル・ペイントを使って円を書いたんだよ。
それにすごく感動したようで、隣にいたキース・へリングに向かって「キース! 見てごらん」なんて言っていたのを今でもしっかりと覚えているんだ。

SEAN LENNON 2007年来日インタビューより抜粋(source)


tumblr_ld56cs4mVG1qehz3ho1_500Michael Sean
ショーンちょうど9歳の頃。スリラーT^^ しかしKing・・紫のパンツがまぶしいw

このショーンの言葉を裏付けるように、ジョブズ氏が29歳の頃、雑誌PLAYBOYのインタビューに答えた記事内にこのことが載っています。

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Steve Jobs 1984年PLAYBOYインタビュー抜粋(source)

今回の「インタビュー」は、ある子供のバースデーパーティでジョブズに会ったとき、ほぼ終わっていました。
それはニューヨークシティで行われた、セレブリティでいっぱいのパーティでした。
夜が更けてきたとき、ジョブズが9歳のバースデー・ボーイにカリフォルニアから持ってきたプレゼントを渡そうとしているのに気づきました。
そのプレゼントとは、Macintoshでした。

見ていると、ジョブズは少年に画像プログラムでスケッチする方法を教えていました。
別のゲストが部屋に入って来て、ジョブズの肩越しにその様子を見ていました。
その一人はアンディ・ウォーホルで、「うーん、何だこれ? キース、これを見て。すごい!」と言いました。
もう一人のゲストはアーティストのキース・へリングで、こちらに近づいてきました。
ウォーホルとへリングもMacを試してみたいと言い、私(インタビュアー)がその場から離れていくとき、ウォーホルがマウスを操作しようとして座ったところでした。「うわ!」彼は言いました。「丸が描けた!」

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Andy Warholと Keith Haring

でももっとジョブズを理解できたのは、パーティが終わってからでした。
他のゲストが帰ってしまっても、ジョブズはさっきの少年にMacの使い方を細かく教えてあげようと残っていたのです。
後に私はジョブズに、なぜ少年と一緒にいるときの方が二人の大物アーティストと一緒にいるときよりも楽しそうだったのかと質問してみました。
彼は用意した様子でなく、こう答えました。
「大人はただ『それは何だ?』と聞いてくるけど、子供は『それで何ができるの?』って聞いてきますからね」

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このインタビューを読むと、当時まだ高価だったコンピューターが自分たちの生活において一体どんな役割をしてくれるものなのかよくわかっていない時期で、インタビュアーも懐疑的な質問を多く投げかけています。
「結局はあなたの道楽なのじゃないか?こんな高価な機械などなくても我々は充分便利な生活を送っている」といった態度がありありと感じられますが、ジョブズ氏は根気強く電話の発明を例に取りながら「まだほんのさわりのところしか言えません。我々の業界の中ではよくあることですが、結果はよくわからないけれども、すごく大きくてすごく良い何かだってことはわかるんです」と答えています(笑)
ますます意地悪な質問は続くのですが、彼は預言者のごとくこんな風に答えていました。

「いずれは、コンピューターをもっと持ち運びしやすく、ネットワーク化でき、レーザープリンターが使え、データベース共有ができ、コミュニケーション能力を高め、電話とパソコンの融合ということもあるかもしれません」

当時30万~50万円ほど高価だったデスクトップが、持ち運べる大きさと軽さを得てラップトップ型に変わり、インターネットというネットワーク構築が進み、複数のPCとのデータ共有が可能になり、印刷も楽に行え、そして劇的に進化した現在のスマートフォンでは、「電話」との融合と言うよりもコンピューターの機能の一部として通話もできるというふうにもはや逆転し、電話という枠を超え様々なコミュニケーションを図ることができるツールとなっていきましたよね。
この頃から彼は現在の状態を夢見ていたのでしょうか。

当時のインタビュアーも今となれば「すごい」というのでしょうけれど、おそらく彼の言葉を聞いたときは「おいおい、勘弁してくれよ」と心で毒づいていたのかもしれません。


何か革新的で新しいこと・・それまでの慣習を打ち破る事、それまでの常識を覆す事、到底不可能だと思っていた事・・
そういう発明や発見や創造は、必ずと言っていいほど始めの反応はごく一部にしか認められないものですね。
もっとひどい場合は、当事者の周りの人間さえも「そんなことは無理だ」といさめる場合もあったりします。

ジョブズ氏がこのインタビューを受けた1984年。

マイケルもこの年にそれまでの音楽業界の常識をことごとく覆しました。
彼の場合は「そんなことは無理だ」と言われた根っこに、ただ前例がないという理由に加えて、人種差別と言うさらに困難な見えないベールにさえぎられていた現状を、誰もが納得せざるを得ない結果を叩き出して打ち破った勝利の年でもありました。


さかのぼる事4年前の1980年。
その年の前年、映画WIZに出演し、新たな演技者としての可能性と、クインシー・ジョーンズという最強のプロデューサーを手にした彼は、念願のソロ・アルバム「Off The Wall」をリリースします。
わたしがマイケルと出会った素敵アルバムなわけですがw

多方面から絶賛され最終的には全世界で1200万枚を売り上げる大ヒットアルバムとなるわけですが、皆さんもご存知の通り、この年2月のグラミー賞では「Off The Wall」はR&Bソウル部門に限定されたうえにその部門の最優秀R&B歌手賞しか受賞できず、彼のこのアルバムでの大成功した業績は無視され、最優秀アルバム賞にノミネートすらされないというこの上ない理不尽な結果に終わります。

マイケルはこの不公平なジャッジに怒り授賞式に出ずにコメントだけを発表しました。
Michael Jackson Wikipedia-Off The Wall(Album)より

It was totally unfair that it didn't get Record of the Year and it can never happen again.
(Off The Wallが)最優秀アルバムを受賞できなかったことは全く不当です。そしてこんな事は二度と起こさせません。


さらにそれから1ヵ月後の3月、彼は当時のRock主体の専門誌である「Rolling Stone誌」に、自分のカバーで特集記事を組む企画を打診します。
しかし先方の答えは、レコードセールスや人気といったアーティストとしての業績にはなんら関係のない理由により丁重に断られます。その際彼が答えた言葉は。
Michael Jackson Wikipedia-Thriller(Album)より

I've been told over and over that black people on the cover of magazines doesn't sell copies...
Just wait.
Someday those magazines are going to be begging me for an interview.
Maybe I'll give them on. And maybe I won't.
僕は黒人が表紙の雑誌では売り上げにならないとこれまでも何度も言われてきました・・
でも今に見てて
いつの日か(お宅も含めて)そういった雑誌全部が僕にインタビューを求めて来ることになりますよ
その時おそらく僕は応じるでしょうね、多分僕がそうしたくなくても



マイケルはもう二度と絶対に無視できない作品を作り、自分が黒人だという理由でR&Bカテゴリーでしか評価しようとしなかったグラミー審査員に完璧に認めさせること、そしてそれまで黒人だという理由だけで拒まれてきたお高くとまった雑誌が表紙を飾らせてくれと懇願させること、このふたつの目標を決断し、それを表明し、実現させるために走り出しました。

彼にとってThrillerというアルバムは、誰にも口出しできない、させない、人々が賞賛せざるを得ない確固とした結果を残す作品にならなければいけなかったわけです。
そのためには一切の妥協を許さずに全身全霊を込めて狂おしいほどに打ち込んだのだと思うのです。
そうでなければ、この馬鹿馬鹿しい人種を理由とした「それまでの慣習」を打ち破るだけの驚異的な結果を導く事ができないと。

そして1984年2月。
マイケルはこのアルバムによりこの年のグラミー賞で、念願だった最優秀アルバム賞はおろか8部門を制覇するというとんでもない結果を残します。
さらにはそれまで白人アーティストしか登場しなかったMTVに初めて黒人アーティストとして登場し、ご存知の通りそれまでの常識を覆し、その年の年間最多リクエストを獲得し、音楽の人種の垣根を根こそぎ取っ払うという、今も高く評価される偉業を達成します。

そして奇しくも4年前と同じ、グラミーの1ヵ月後の3月に、あのRolling Stone誌についにマイケルのカバーで特集記事が組まれるのです。

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しかもこの年マイケルが表紙を飾ったのは、これを含めて170誌以上にものぼりました。
その中には冒頭のショーン・レノン9歳のBirthdayに訪れてMacに感動していたアンディ・ウォーホルが描いたマイケルの肖像画が表紙のTIME誌も含まれています。

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ウォーホルはジャクソンズのコンサートに訪れたり、マイケルがWIZの撮影時に通ったクラブの常連だったり、自身が発行する「Interview]という雑誌でマイケルに電話インタビューをしたりと、古くから交友がありました。

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彼の予言どおり、マイケルが好むと好まざるにかかわらずインタビューや取材が殺到し、そしてこの年を境に今度は自分の言葉をストレートに伝えてくれないメディアへの不信から、どんどんインタビュー嫌いになっていくのですけれど。
彼が望んだ事は、人種など関係なく讃えられるべきは讃える、たったこれだけの事だったのに。



長くなりました。
続きます。


わがままな本音

わたしは基本的にものまねとかそっくりさんとかが好きでそういう番組もわりと好きで

たとえ日本のモノマネ番組とかであまりに似てなくて「パウ!」のキーだけが合ってるだけのどうしょーもねーなこりゃ、みたいなマイケルであっても、結構笑いながら見ることができて

それこそBADの頃のとんねるずのノりさんのなんか大好きだし





大泉洋の微妙に高度な雰囲気だけのMan In The Mirrorも大好きだし




もう大笑い^^






でも



でも不思議な事に

2709OB2.jpg


Bellie Jeanだけは誰がやっても受け付けない


一生懸命練習したんだろうなぁとか上手だなぁとかってその人の努力に対して敬意は払えるけれど
他の曲のように楽しんだり出来ない

逆にどうしてこれを選んじゃうかなぁ・・とまで思ったり
DagerousとかSmooth Criminalとかならこんな気持ちにならずに見れるのに


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去年12月にトラヴィスはじめ何人かのダンサーがライブを再現するというTIIイベントがあって
MJクラスタのお友達が抽選に当たったので誘ってくれて
目の前でマイケルと一緒にリハーサルを何度も何度もした彼らが踊るのを観て

始めは楽しかった



楽しかったけど


ダンサーたちが踊るBellie Jeanが始まった時



悲しくて淋しくなった

彼がいないという事を突きつけられたから


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そのへんのモノマネタレントとかましてや無名のダンサーではなく
れっきとした一流のダンサーたちなのに
トラヴィスなんてマイケルと振り付けを一緒にするようなレベルのダンサーなのに


でもBillie Jeanだけはだめ


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あれはマイケルしか踊ってはいけないの


踊っても良いけど、マイケルにしか踊れないんだもん


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だからどんなにすごい人が踊っても心が動かない
どんなすごいアーティストが歌っても



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だから最初から選んじゃだめ・・ていうか

永久欠番にしてほしい


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マイケルじゃないBillie Jeanはただ悲しくなるだけで



あのグローブも
フェドラも
スパンコールのジャケットも

彼しか似合わなくて
彼しかさまにならなくて
彼にしか着こなせないのと同じで



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Billie Jeanだけは



彼にしか歌えなくて
彼にしか踊れないのだから



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マイケルのBillie Jean

マイケルだけで十分


マイケルだから素晴らしいんだもん


Michael Jackson - Billie Jean Live - 1983 / 2009 [FULL HD compilation by CapoVids]



"Bellie Jean" is a song for only him.

Love you and miss you so much..


Michael is the greatest entertainer in the world.

ブレット・ラトナー

彼はクリス・タッカーの映画「ラッシュアワー」シリーズの監督であり、マイケルの友人です。
彼はラッシュアワーの撮影に入る前、主演のクリスが映画の中でマイケルのキックの真似をするシーンを撮るために、マイケルに許可をとりに行ったことがきっかけで友人となり多くの時間を過ごしました。

brett leather mj
May,30,2003

彼は2009年6月26日LAタイムスのインタビューに答えています。(source

マイケルのネバーランドで一緒に映画を何十回も見たこと、クリスも交えてダンス大会のようなものをよくしたこと・・ふたりには音楽や映画、好きなエンターテイナーなど多くの共通点があったのです。
そしてインタビューの最後で彼はこう言っていました。


マイケルの一つの夢、それは世界中の子どもの病気を治すことだった。
僕がそれは無理じゃないかって言うと、彼はつい泣きだしてしまうこともあったよ。
マイケルは自分の心を動かすことには、とても感情的だった。
もやは無垢とはいえないこの世界で、彼こそ純粋無垢な存在だったと思うね。


His one dream was to cure all the sick children in the world.
マイケルの一つの夢、それは世界中の子どもの病気を治すことだった



May,10,2009

We have to be phenomenal...
When people leave this show, when people leave my show, I want them to say,
"I've never seen nothing like this in my life. Go. Go
I've never seen nothing like this. Go.
It's amazing. He's the greatest entertainer in the world.
I'm taking the money, a million children, children's hospital, the biggest in the world, Michael Jackson's Children's Hospital..

僕たちは(このショーを)驚異的に素晴らしいものにしなければ・・
皆がショーから帰る時、皆が僕のショーから帰る時、みんなに言ってもらいたいんだ・・
「今までの人生でこんなショーは観たことがない。すごい、すごいよ、こんなの今まで観たことない
素晴らしいよ、彼は世界最高のエンターテイナーだ」って・・
そのショーで得たお金で、何百万の子供達の、子供病院を、世界で一番大きなマイケル・ジャクソン子供病院を・・

sourceはこちら


公開されたテープの彼の声は眠りに落ちる寸前なのか、何らかの影響下にあるように聞こえますが、彼の特徴のある「Children」の発音と、そして世界中の子供の病気を治す事が彼の夢のひとつだったというブレットのインタビューを読んでいたせいか、これは間違いなくマイケルだと思ったのです。

2005年の裁判以降、子供たちへの愛を口に出来なくなったマイケル・・
でもあれほどのひどい仕打ちにあってさえ、「今までのように出来なくても遠くから僕は人を助けるよ」とママに語っていた通り、彼の信条や信念は揺らぐことなく、消えることなく、なお明々と彼の胸のうちで灯り続けていたのですね。


このコンサートの収益で、世界中の子供たちの病気を治すための病院を作る
それだけのお金を払ってくれる人たちには、ただ素晴らしいじゃなく、驚異的に素晴らしいエンターテイメントを魅せなければ
みなを現実から連れ出して最高の夢の世界を魅せてあげるんだ・・
誰も観たことのない極上のエンターテイメントを・・

だから絶対にやりとげなくてはいけない


マイケルはそう思って必死の努力を重ねていたのでしょう。
もちろんコンサートをやる目的は他にも数々あって、その全てのタイミングがあったからこそ「THIS IS IT」だったのでしょうけれど。


このTIIに関しては報道されない裏側で本当にさまざまな意見があります。
素晴らしいというもの以上に、「嘘を接ぎ貼りした映画」ということで否定しているファンも大勢いますよね・・
特にオルテガに関しては厳しい意見も。

でもわたしはオルテガがずっとマイケルは素晴らしくやる気にみちていたといい続けた気持ちが、先週の証言の際使われた彼のメールで理解できたように思えます。

マイケルの調子が思わしくない事は、メイクのカレン・フェイ、衣装のマイケル・ブッシュらはすでに気づいていてとても心配していたようですが、オルテガも当然わかっていたことで、おそらくコンサートの中止も考えたのではないでしょうか。
それでも彼は何とかしてマイケルをもう一度スポットライトの中へ戻すために「やめない」事を選択したかった・・。
それがマイケル自身の希望でもあったからです。

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オルテガからAEGランディ・フィリップへのメール(2009年6月20日) (source

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Randy,

I will do whatever I can to be of help with this situation. If you need me to come to the house, just give me a call in the morning. My concern is, now that we’ve brought the Doctor in to the fold and have played the tough love, now or never card, is that the Artist may be unable to rise to the occasion due to real emotional stuff. He appeared quite week and fatigued this evening. He had a terrible case of the chills, was trembling, rambling and obsessing. Everything in me says he should be psychologically evaluated. If we have any chance at all to get him back in the light. It’s going to take a strong Therapist to help him through this as well as immediate physical nurturing.

I was told by our Choreographer that during the Artists costume fitting with his Designer tonight they noticed he’s lost more weight. As far as I can tell, there is no one taking responsibility (caring for) for him on a daily basis. Where was his assistant tonight? Tonight I was feeding him, wrapping him in blankets to warm his chills, massaging his feet to calm him and calling his doctor.
There were four security guards outside his door, but no one offering him a cup of hot tea.

Finally, it’s important for everyone to know, I believe that he really wants this… it would shatter him, break his heart if we pulled the plug. He’s terribly frightened it’s all going to go away.
He asked me repeatedly tonight if I was going to leave him. He was practically begging for my confidence. It broke my heart. He was like a lost boy.
There still may be a chance he can rise to the occasion if get him the help he needs.

Sincerely,
Kenny
-------------

ランディへ

私がこの状況下で役に立てるなら何だってします。
あなたの家に私が行く必要があるならば、午前中に電話をください。
私の懸念は、今我々は医師を囲い込み、やるしかないんだという厳しい態度で振舞っていますが、アーティスト・マイケルの今の情緒的要素では難局に対してうまく対処できないであろうということです。
今夜彼は非常に弱って疲れきっているように見えました。
彼は極度の悪寒に震え、とりとめのない様子で落ち込んでいました。
私が言えることは、彼に心理的な診断を受けさせねばならないということです。
彼をスポットライトの中に戻すチャンスが我々にあるならば。
すぐにでも身体カウンセリング、ならびに彼を助ける優秀なセラピストの元へ連れて行くことです。

今夜 彼とコスチュームデザイナーが衣装合わせをしている間、さらに彼の体重が落ちている事に気づいたと、振付師が言っていました。
私が知る限り、毎日彼への責任を担う、つまり彼の世話をする人間は誰もいません。
彼のアシスタントは今夜どこにいたのでしょう?
今夜、私は彼の食事の世話をし、寒さを暖めるために彼を毛布でくるみ、落ちつかせるために足をマッサージし、彼の医者を呼びました。
ドアの外には4人のボディガードがいましたが、カップ1杯の温かいお茶を彼に出す者はいないのです。

最後に、皆が知っておかねばならない一番大切なこと、私は彼がこれ(TIIライブ)を本当に望んでいると確信しています。
もし我々がプラグを抜くように手を引けば、彼の心は壊れ、砕け散ってしまうでしょう。
彼は、すべてがご破算になってしまうことにひどくおびえています。
君は僕の元を去るつもりなのか、と彼は今夜繰り返し私に尋ねました。
彼は実際、私の信頼を乞うていたのです。
胸が張り裂けそうでした。
彼はまるで迷子の少年のようでした。
彼が必要とする助けをしっかり得る事さえ出来れば、彼が立派にやってのける可能性はまだあるのです。

敬具
ケニー

-----------

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マイケルはライブをやりたかったから

必死で思い通りにならない怖さと戦って

それは体力の問題もあったかもしれなくて
メンタルの問題もあったかもしれなくて
何より様々なプレッシャーは彼の健やかな睡眠の妨害となって

でもやりたかったから



ファンが聴きたい自分の歌と
ファンが見たくてたまらなかった自分の踊りと
みんなが目を見張る演出を融合させた極上のエンターテイメントを魅せたいから
楽しい現実逃避という夢の時間を過ごさせてあげたいから

大切なメッセージを伝えたいから
今まで伝えてきたことが何一つぶれていない事を伝えたいから
皆を愛でひとつにしたいから

愛する子供たちに見せたいから
パパの仕事を楽しんでみて欲しいから


そして成功させて
直接手を差し伸べる夢の国はもうないけれど
遠くからでもいいから
また子供たちのために、子供たちの助けになりたいから




オルテガは23日と24日に見違えるように輝くマイケルを見て、きっとうまくいく、と思ったのでしょう。
なんとかして絶対にこの難局をくぐりぬけ、マイケルと一緒にコンサートを成功させる方に賭けたのだと思います。
マイケルもきっとそうだったからオルテガを必要としたのでしょう。

TIIrihakennywithMJ147.jpg


こんな風にここまで必死にいろいろなものと戦ってきた人が、自分からプロポフォールを飲むだなんて事ありえないのです。
なぜなら彼にはロンドンのステージに立つ理由が沢山あったから。
自分の名声のためではなく、全て誰かのための理由が。




胸が張り裂けそうな事実に向き合わねばならない辛い現実が続きます。

ですが、こんな時だからこそ彼の音楽を

世界最高のエンターテイナーの最高のエンターテイメントを



今日からシルク・ド・ソレイユの Michael Jackson The Immortal World Tour がカナダにてスタートしました。

MJimmotal.jpg

マイケルが素晴らしいエンターテイナーであったからこそ、このショーは成立するのです。
この時期に、このようなショーが始まり、マイケルの音楽を讃えることはとても重要だと思います。
ショッキングな報道にではなく、彼のアートに注目する事が本当の敬意なのだと思うからです。


mj.jpg



Michael

YOU are the greatest entertainer in the world.

We always know it.


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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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