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アルバム「MICHAEL」に携わった人々とHis message(1)

「MICHAEL: The Making of the Album」

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これは今年の3月にアメリカで放送された、アルバムMICHAELに関わったアーティスト、プロデューサーたちのそれぞれ関わった曲とマイケルへの想いが語られた番組です。

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残念ながら日本での放送はいまだなされていないようで、動画も日本語字幕がありませんからいつものようにトランススクリプトもなく、ヒアリングが絶望的なわたしにはお手上げだったのですが、どうしても内容が知りたくて、このブログを通して知り合ったMJクラスタの英語堪能なお友達、Mちゃんに無理を言ってスクリプトを起こしてもらい、更には訳していただきました。
おかげで彼らの話す内容がよくわかり、同時にいかに彼らがマイケルをリスペクトし、マイケルの曲に携わる事が幸せだという彼らのマイケルへの想いも伝わってきました。

番組ではアルバムの曲がランダムで紹介され、話すアーティストもそこここで細切れに話す感じなのですが、動画を見ながらだいたいの内容がわかるようにと、Mちゃんがそれぞれの登場人物の話をまとめて和訳してくれましたので、ここでシェアさせていただくことにしました。
(Mちゃんはマイケルスピリットあふれる様々な活動もしているとてもステキな女性です。
彼女のブログはこちら。Mちゃん本当にありがとう^^)


特筆すべきは、動画の18分を過ぎたあたり、ちょうどNeff-Uがマイケルとの思い出を語るシーンで、時期は定かではないのですが、マイケルが彼とレコーディングスタジオにいた時に録られたものだと思われるマイケル本人声でメッセージを聞くことが出来るんですね!^^

これもMちゃんがヒアリングの後、書き起こして訳してくれました!
マイケルのいつものあの優しい声で静かに語られるメッセージ・・
何があってもぶれないマイケルの信念とも言えるメッセージです。
これだけは何としてもここに記録して、シェアしたかったので本当にMちゃんには感謝感謝です^^


では順を追ってご紹介していきますね^^


MICHAEL: The Making of the Album



■50 Cent

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覚えていないくらい小さい頃からずっとファンだ。ビリージーンの黒のジャケットとピンクのシャツにはやられたよ!彼のキャリアは誰とも比べられないよ。

なかなかマイケルに直接会える機会は巡ってこなかった。
でもあるとき僕のDJがマイケルと会う機会があって、彼が僕と仕事をしたがっていて曲を一緒に作りたいと話しているからと電話でマイケルと話したよ。「もちろん、よろこんで」って答えたよ。
そしたらすごく緊張してきて。いつも他のアーティストと仕事をするときは全然緊張なんてしないんだ。
でもマイケルは特別で他のアーティストとは違うから。うまく説明はできないんだけど。

Monsterは2010年バージョンのスリラーだ!
マイケルの電話の後、一度落ち着いて改めて考えて彼に「一緒に仕事をさせて欲しい」って電話したんだ。
僕にとっては本当に素晴らしい機会だった。
マイケルジャクソンと一緒に仕事をして(注:実際に会ったと言う訳ではない)
スタジオにはテディ・ライリーがいて。音楽を聞いた瞬間、すごく興奮したよ。
お互いに凄くのってきて、彼が途中で止める?と聞いてくるんだけど、このまま続けたいって答えていたよ。
彼との仕事をするともっともっとと思わせるんだ。過去に聞いたことのないサウンドだ。

このアルバムはとても特別なものだよ。間違いなくマイケルジャクソンコレクションの一つになるんじゃないかな。永久に語り継がれる芸術の一つだと思うよ。


■Teddy Riley

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5歳で学校に行き始めた頃、ジャクソン5というアニメをやっていたんだ。あのときからずっと彼のファンさ。

初めてマイケルに会ったのは1991年だ。はじめて会ったのにずっと昔から知っているような感じだったよ。
彼はGUY(Teddyのグループ)の最初のアルバムから知っていたよ。
僕の音楽のビートや独特のリズムを気に入ってくれていて「こういう風にやってもらえるかな」って僕に聞いてきたんだ。「同じようにとはいかないけど、もっといいものを作るよ」って答えたよ。
彼との仕事で一番ナーバスになった瞬間は、僕が曲をかけていて5番目の曲になったとき、マイケルが「止めて」って言ったんだ。僕は「やばい!くびになる」って思ったんだけど、彼は「すごいよ!」ってわかるかな。
彼がアルバムをチェックする時のあの感じだ。そうして僕の曲の6・7曲がデンジャラスのアルバムに収められたよ。

僕はマイケルと仕事をするのが本当に大好きだ。僕の可能性を引き出してくれるんだ。
マイケルはプロジェクトの終わりにはいつも僕に「もし上手く行かないようだったら、上手くいくように何でも手伝うよ」って言うんだ。
「君が何をしても僕が最後は笑顔で仕上げるよ」って。
だからこのプロジェクト(MICHAEL)も同じなんだ。僕達は家族同然だし、僕はいい音楽をつくる為にいつもベストを尽くしたい。そう、パズルの一片でありたい。

Hold my handはアルバムの中でお気に入りの曲の一つだよ。彼は一度その曲が気に入るとそこから離れようとしないんだ。

彼はいつも静かに子供達と一緒に楽しく過ごしたがっていたよ。カシオのスタジオはすごく素敵なスタジオだったよ。いい音楽を作ることに集中できるような素晴らしい環境だよ。

(monsterについて)これはパパラッチのことを歌ってるんだ。どこでも出てくる彼らのカメラはモンスターみたいだってね。彼は構想の段階からこの曲は50centと一緒にやりたいって言っていたんだ。50centはスタジオに来て音楽を聞くまで何で自分が選ばれたのかわかっていなかった。聞いたとたん「すごいな」ってビックリしてた。レコーディングの途中で、50centが、ここは自分じゃないマイケルだって言うんだ、それで代わってみたら・・まいったよ!

曲に関して彼がどう感じているのかわからないんだ。だって彼はいつもゆったりとしているから。

Keep your head upは僕にとってとても特別な曲だよ。

Breaking newsを初めて聞いたとき、これは人の心をつかむって確信したよ。

Hollywood tonightのブリッジでは、彼女の夢が叶うんだ。

このアルバムはとても神聖な素晴らしいものになると思う。聞いた人が神聖な気持ちになるような。
全てはマイケルのためだ。他の誰でもない。他の誰にもまねできない。


■Akon

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初めて心を動かされたアルバムはスリラーだ。本当に素晴らしいよ。みんなが彼のキャリアに続いたよ。
彼を目標として、あのレベルに到達できるように。

道を歩いていた時に友達がマイケルが俺を探しているって話を聞いたんだ。黙れ!ってそのときは言ったんだけど、そのあとマイケルから電話がかかってきて一緒にコラボしてアルバムを作らないかって話になって、それからは本当に楽しかったよ。(満面の笑み)
ある日マイケルから電話がかかってきて「エイコン、これは素晴らしい曲になるよ」「世界中にこれを発表しよう」「ほんとうに素晴らしいよ」ってしきりに言うんだ。
僕は何もわからないまま何も言わずマイケルがずっと話していて、それから曲を聴いて「信じられない。素晴らしいよ」って話して。電話中はほかの事なんてもうどうでもいいよ。だってマイケルジャクソンと電話で話をしているんだから!

(hold my handについて)彼は僕をラスベガスに招待してくれて「メロディーがすごく気に入ったよ。一緒に完成させよう。きっと素晴らしいものになるよ。どう思う?」って聞くんだ。
「yeh!やろう」っていう具合いさ。僕達はいつもどういうリズムにするか、どんな感じの曲に仕上げるかを話し合ったよ。世界にどういう影響を与えるのか。どういう印象を与えるのか。そこで、僕はhold my handを自分でレコーディングしてみたんだ。そして、マイケルに聞いてみてって言ったんだ。
僕は必ず素晴らしいものになるって確信していて、マイケルも凄く喜んでくれて、僕は「その顔を見るために聞かせたかったんだ」って言ったよ。
レコーディングはすごく時間がかかることが多いけどhold my handのレコーディングは1時間で終わったよ。
あっという間だった。幸運なことに僕たちが使ったスタジオは本当に素晴らしい機材が全て揃っていて、その環境の中でMJと僕は作業をすることができた。
彼は何でも初めてのことをすることが好きだった。
誰も聴いたことがない見たことがない初めてのものに彼はなりたがった。
いま皆それを体感するんじゃないかな。僕達はこの作品を極秘に進めたかったから、特に彼がね。
だから、レコーディングが終わったら家で続きをやろうということになった。

(最後に)寂しいよ。でも悲しみよりも幸せのほうが大きいよ。彼はいつでも僕達の側に居る。
いつでもどの世代でも楽しめるものを残してくれたんだ。


■Eddie Cascio

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小さい頃にスリラーのPVを見て怖かったのを覚えているよ。あのセンセーション、彼は魔法だよ。本当に魔法のような人だった。
初めて彼にあったときは3歳だった。ニューヨークのヘムズレイパレスホテルでマネージャーをしていた父がマイケルと親しくなって、すごくびっくりしたよ。だって彼はすごく有名人だから。11歳か12歳くらいの時だったかな。
僕は音楽が好きですごくたくさんの曲を知っていて、そしたらマイケルが「自分の曲を書いてみたら?」って言ってくれて、それから書き始めたんだ。
彼がもっとクリエイティブな作品が作れるようにいつも方向性を示してくれていたよ。

ここがマイケルがレコーディングをしたフランクリンロードの僕の家だよ。
彼は1年ぐらいここで過ごしたかな。とても快適だったみたいだよ。家族と過ごして、子供たちも自分の家のように遊んで、料理をしたりして、とても幸せそうだったよ。
このスタジオで音楽についてマイケルとずっと話していたよ。どういう音楽を作りたいとか、何をやりたいとか、話したことは全て現実となっていったよ。
2007年10月彼がこのスタジオに子供達と一緒に来て3ヶ月を過ごした。

ここがマイケルがレコーディングしたスタジオだ。彼はここで睡眠もとっていたよ。
信じられないかも知れないけど、この隅っこにベッド置いて彼は寝ていたよ。

夢が叶った瞬間だった。1年もの間、彼やテディ・ライリー、クインシー・ジョーンズのような他の素晴らしいプロヂューサーたちの仕事を側で見ることが出来た。本当に夢のようだったよ。

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ここがシャワーだよ。この中にベンチを置いて座れるよにしてレコーディングしたこともあったよ。
マイケルがそうしようって言ったんだ。
(スタッフ:マイケルはここでシャワーも浴びたの?)そうだね。ここでシャワーも浴びていたね。

(monsterについて)あんな素晴らしい仕事は初めてだよ。Monsterはすごくエネルギッシュな曲だよね。踊りたくなるような。

(keep your head upについて)希望に溢れていて現代のkeep the faithみたいだ。
彼は環境問題にとても関心を持っていると話してくれたよ。温暖化や特に地球を救う為にはもう時間が限られているんだと話していたよ。

Breaking newsはマイケル自身の話だよ。パパラッチがどこにでもいて彼が何をしてもいつも側で見ている。

僕達は凄く親しくていつも彼の声を聞いていた。いまは彼がここには居ないという事実がとても辛いよ・・
ほんとうに辛い・・

※ファンの評判はやはり否定的なものが多いカシオですが、マイケルからかわいがられ信頼が厚かったのは事実です。
2009年7月のステープルズセンターでのメモリアルで配布されたパンフレットに、カシオはマイケルが心を許した人にしか呼ばせなかった'DooDoo'という彼の名前で呼びかける形で(DooDooに関する過去記事はこちらこちら
「Doo Doo, It is only once in a lifetime where you meet a true Angel sent from the Heavens above.
DooDoo、天国から遣わされた本当の天使に会えるのは生涯で一度だけだね」
という書き出しでメッセージを残しています。


■Lenny Kravitz

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5歳の頃からずっとマイケルのファンだ。I want you backとかABCの頃の素晴らしいシングルをブルックリンのおばあちゃんの家でいつもレコードをかけてって言ってたよ。あの頃から俺はミュージシャンになるんだって決めてたよ!
僕達は、たくさん話して笑って食べて、俺の子供が居て彼の子供が居て、みんな本当の家族みたいだった。
あれからたくさんの人たちと仕事をしてきたけど、彼と一緒に仕事をしたときの情熱や経験は今でもわすれられないよ。

マイケルとAnother dayを一緒にやろうよと電話で話したすぐ翌日に彼がスタジオに来ることはわかっていたよ。
曲全体が美しく、でも切なくて、特に始めの歌詞はね。曲ができてから彼がこれはロック過ぎるから今回のアルバム(INVINCIBLE)には入れない。次のアルバムに入れるよって言ったんだ。よりパンチがあるようにドラムやシンセサイザーの音を強く入れたからね。
アルバムに入らなくても俺は満足してたよ。すごくパワフルで素晴らしい曲に仕上がっていたからね。

彼のファンがこのアルバムを聞くことで、みんな彼の純粋さと強さを知ることになるんじゃないかな。


■Neff-U

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僕は教会で育ったから、オフザウォールもスリラーもバッドもずっと知らなかったよ。
ずいぶん大きくなってからスケートリンクに行ったときに曲がかかっていて、その時初めてアウ!とかパウ!とかあのリズムを聞いて衝撃を受けたんだ。とりこになったよ。でも誰が歌っているのかわからなくて、ずっと探し続けて、大学生になった頃かな、それを歌っていたのはマイケルジャクソンだってわかったんだ!

スタジオに居たときに電話がかかってきたんだ。
(ここからはものまねで)「ハロー、ネフユー?あってる?」「そうですが」「マイケルだよ」「OH!」って感じで。
マイケルは「世界を変えるような音楽を作ろう。みんなが踊りたくなって、幸せになるような。君の音楽を聴くのが楽しみだよ」って言うんだ。とてもシンプルだったよ。
僕は、OK!マイケルジャクソンが電話してきたんだ!って感じさ。

彼は僕をマイアミのバリー・ギブのスタジオに呼び寄せたんだ。スタジオに行ったら、バリーギブとマイケルが何種類ものブリッジを僕に聞かせるんだ。「こうはどうかな」「そうじゃない、これはどうかな」って2人の天才がブリッジをどうしようっていつまでもやっているんだ。(注:これが「All In Your Name」だと思われます)

マイケルは僕に「メロディーは古代からあるんだよ。全ての始まりからメロディーはそこにあった」と話してくれた。そして天に対して心をひらくということも。心を天にひらけば自然とメロディーは生まれてくると教えてくれたよ。信じて耳を傾ける限り、天は僕に話しかけてくれるし、僕の口からはメロディーが生まれてくるって。

(Hollywood Tonightについて)これは彼がこの曲のイメージやどうしたいかが手書きで書いてある紙だ。
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(Do smooth, muted, bass on"Hollywood"."Hollywood"は、なめらかな抑えたベースで)

Hollywood tonightはハリウッドを目指す女の子の苦悩が描かれている。

I like the way you love meは、マイケルが僕に持ってきた曲だ。これを一緒に作ろうって。
彼が気に入るために何年もかかったよ。あまり重い感じではなく軽い感じにしたかったみたいだ。
みんな僕にプロデュースをして欲しいとか大きな仕事の話を持ちかけるけど、僕はシンプルにストレートで居たいんだって話していたよ。

(Best of Joyについて)Best of joyは僕たちが曲から完成させなければいけなかったものの一つだ。
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彼が亡くなったあと、この曲を出して彼のビジョンを完成させようとしたんだ。彼が最後に仕事をしたプロデューサーに会って彼の意思や目指すサウンドを理解して近づけようとしたよ。

(アルバムについて)彼を好きな人々の手に渡ることが嬉しいよ。彼は僕の友達だったよ。彼が亡くなった後もみんなが彼に敬意を表している。ほんとうに素晴らしいよ。


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長くなりました・・
マイケルのメッセージはー?という非難轟々が聞こえそうですが(苦笑)続きます^^



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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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