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Michael と Steve Jobs その1

10月5日、Appleのスティーブ・ジョブズ氏がお亡くなりになりました。
マイケルより3つ年上。

Jobs and Apple Logo

その前日、iPhone4Sが発表され、本来ならば新製品の発表時には、どれほどだまされまい、と気負っていても最後にはその製品のとりこになってしまうと言われるほどの、彼の言葉巧みで魅力的なプレゼンが催されますが、この日は残念ながら闘病中だった彼は不在でした。
いつも世界中を驚かすものを作っては、わたしたちの生活をがらりと変えてきた完ぺき主義の天才は、愛する自分の作品の発表を見届けるように、翌日静かに息を引き取りました。

iPhone4Sは実は、iPhone for Steve という名称らしいですが、常に作品に対して妥協を許さず、それをめぐって周囲といかなる軋轢を生んでも自分の美意識にこだわった彼が、はたしてそこはかとなくきわめて個人的でセンチメンタルな響きを持つこのネーミングを心底納得していたのかどうかは、わたしには少し疑わしかったりしますが(笑)


わたしが初めて触ったパーソナルコンピューターがMacintoshでした。
以前商社でプログラマーとして働いていた頃、コマンドをキーボードから打てども打てども思い通りにプログラムが走らないというストレス満載な経験をしてきたわたしにとって、マウスで直感的にディスプレイをクリックすれば、やりたいことが何でも出来るという、今では当たり前のことにとても感動した事を覚えています。
マウスでクリックする、それはあたかも、ビビリバビデブゥという不思議なおまじないをとなえること、アラジンの魔法のランプをこすること、あるいはピーターパンに出てくるウェンディが振りかけてくれる金の粉のように、たちまち空も飛べてしまう、何でも出来てしまう、しかも誰でも簡単に、という可能性の世界へのドアをあける動作だったのです。


Steve Jobs iMac
iMacとジョブズ氏 わたしが持っていたのもBlueでしたが、本当はオレンジが欲しかった(/_;)



Macintoshがこの世に産声を上げたのが1984年。

その第1号機は一体誰のものかご存知ですか?^^
ジョン・レノン、オノ・ヨーコご夫妻の息子さんで、我らがマイケルとMOON WALKERで競演したショーン・レノンです。

MJandSeanLennon.jpg

マイケルと競演する3年前、彼の9歳のお誕生日のプレゼントとして。


僕は9歳のときからアップルを使っているんだ。
しかも最初に使っていたのはスティーヴ・ジョブズから直接もらった、1号機だったんだよね。
まだインターネットもない時代だったんだけど、電話を使って通信したり、いろんなことをやっていたよ。
ゲームのプログラミングもしたんだけど、思春期になって女の子が目に入るようになってから、ちょっと興味が遠のいてしまってね。でも今もずっとアップルを使っていて、作曲もアップルを使っているよ。
そういえばこんな話があるんだ。
コンピュータに画像が出たり絵が書けるなんてことがまだ珍しかった時代、ちょうどアップル・ペイントというソフトが出来てきたくらいに、僕の誕生日があって、アンディ・ウォーホールとキース・ヘリングが来てくれたことがあったんだ。
それを見て興味をもったアンディ・ウォーホールがアップル・ペイントを使って円を書いたんだよ。
それにすごく感動したようで、隣にいたキース・へリングに向かって「キース! 見てごらん」なんて言っていたのを今でもしっかりと覚えているんだ。

SEAN LENNON 2007年来日インタビューより抜粋(source)


tumblr_ld56cs4mVG1qehz3ho1_500Michael Sean
ショーンちょうど9歳の頃。スリラーT^^ しかしKing・・紫のパンツがまぶしいw

このショーンの言葉を裏付けるように、ジョブズ氏が29歳の頃、雑誌PLAYBOYのインタビューに答えた記事内にこのことが載っています。

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Steve Jobs 1984年PLAYBOYインタビュー抜粋(source)

今回の「インタビュー」は、ある子供のバースデーパーティでジョブズに会ったとき、ほぼ終わっていました。
それはニューヨークシティで行われた、セレブリティでいっぱいのパーティでした。
夜が更けてきたとき、ジョブズが9歳のバースデー・ボーイにカリフォルニアから持ってきたプレゼントを渡そうとしているのに気づきました。
そのプレゼントとは、Macintoshでした。

見ていると、ジョブズは少年に画像プログラムでスケッチする方法を教えていました。
別のゲストが部屋に入って来て、ジョブズの肩越しにその様子を見ていました。
その一人はアンディ・ウォーホルで、「うーん、何だこれ? キース、これを見て。すごい!」と言いました。
もう一人のゲストはアーティストのキース・へリングで、こちらに近づいてきました。
ウォーホルとへリングもMacを試してみたいと言い、私(インタビュアー)がその場から離れていくとき、ウォーホルがマウスを操作しようとして座ったところでした。「うわ!」彼は言いました。「丸が描けた!」

xq0gxRbjUr24mxhrd0XWOjmuo1_500.jpg
Andy Warholと Keith Haring

でももっとジョブズを理解できたのは、パーティが終わってからでした。
他のゲストが帰ってしまっても、ジョブズはさっきの少年にMacの使い方を細かく教えてあげようと残っていたのです。
後に私はジョブズに、なぜ少年と一緒にいるときの方が二人の大物アーティストと一緒にいるときよりも楽しそうだったのかと質問してみました。
彼は用意した様子でなく、こう答えました。
「大人はただ『それは何だ?』と聞いてくるけど、子供は『それで何ができるの?』って聞いてきますからね」

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このインタビューを読むと、当時まだ高価だったコンピューターが自分たちの生活において一体どんな役割をしてくれるものなのかよくわかっていない時期で、インタビュアーも懐疑的な質問を多く投げかけています。
「結局はあなたの道楽なのじゃないか?こんな高価な機械などなくても我々は充分便利な生活を送っている」といった態度がありありと感じられますが、ジョブズ氏は根気強く電話の発明を例に取りながら「まだほんのさわりのところしか言えません。我々の業界の中ではよくあることですが、結果はよくわからないけれども、すごく大きくてすごく良い何かだってことはわかるんです」と答えています(笑)
ますます意地悪な質問は続くのですが、彼は預言者のごとくこんな風に答えていました。

「いずれは、コンピューターをもっと持ち運びしやすく、ネットワーク化でき、レーザープリンターが使え、データベース共有ができ、コミュニケーション能力を高め、電話とパソコンの融合ということもあるかもしれません」

当時30万~50万円ほど高価だったデスクトップが、持ち運べる大きさと軽さを得てラップトップ型に変わり、インターネットというネットワーク構築が進み、複数のPCとのデータ共有が可能になり、印刷も楽に行え、そして劇的に進化した現在のスマートフォンでは、「電話」との融合と言うよりもコンピューターの機能の一部として通話もできるというふうにもはや逆転し、電話という枠を超え様々なコミュニケーションを図ることができるツールとなっていきましたよね。
この頃から彼は現在の状態を夢見ていたのでしょうか。

当時のインタビュアーも今となれば「すごい」というのでしょうけれど、おそらく彼の言葉を聞いたときは「おいおい、勘弁してくれよ」と心で毒づいていたのかもしれません。


何か革新的で新しいこと・・それまでの慣習を打ち破る事、それまでの常識を覆す事、到底不可能だと思っていた事・・
そういう発明や発見や創造は、必ずと言っていいほど始めの反応はごく一部にしか認められないものですね。
もっとひどい場合は、当事者の周りの人間さえも「そんなことは無理だ」といさめる場合もあったりします。

ジョブズ氏がこのインタビューを受けた1984年。

マイケルもこの年にそれまでの音楽業界の常識をことごとく覆しました。
彼の場合は「そんなことは無理だ」と言われた根っこに、ただ前例がないという理由に加えて、人種差別と言うさらに困難な見えないベールにさえぎられていた現状を、誰もが納得せざるを得ない結果を叩き出して打ち破った勝利の年でもありました。


さかのぼる事4年前の1980年。
その年の前年、映画WIZに出演し、新たな演技者としての可能性と、クインシー・ジョーンズという最強のプロデューサーを手にした彼は、念願のソロ・アルバム「Off The Wall」をリリースします。
わたしがマイケルと出会った素敵アルバムなわけですがw

多方面から絶賛され最終的には全世界で1200万枚を売り上げる大ヒットアルバムとなるわけですが、皆さんもご存知の通り、この年2月のグラミー賞では「Off The Wall」はR&Bソウル部門に限定されたうえにその部門の最優秀R&B歌手賞しか受賞できず、彼のこのアルバムでの大成功した業績は無視され、最優秀アルバム賞にノミネートすらされないというこの上ない理不尽な結果に終わります。

マイケルはこの不公平なジャッジに怒り授賞式に出ずにコメントだけを発表しました。
Michael Jackson Wikipedia-Off The Wall(Album)より

It was totally unfair that it didn't get Record of the Year and it can never happen again.
(Off The Wallが)最優秀アルバムを受賞できなかったことは全く不当です。そしてこんな事は二度と起こさせません。


さらにそれから1ヵ月後の3月、彼は当時のRock主体の専門誌である「Rolling Stone誌」に、自分のカバーで特集記事を組む企画を打診します。
しかし先方の答えは、レコードセールスや人気といったアーティストとしての業績にはなんら関係のない理由により丁重に断られます。その際彼が答えた言葉は。
Michael Jackson Wikipedia-Thriller(Album)より

I've been told over and over that black people on the cover of magazines doesn't sell copies...
Just wait.
Someday those magazines are going to be begging me for an interview.
Maybe I'll give them on. And maybe I won't.
僕は黒人が表紙の雑誌では売り上げにならないとこれまでも何度も言われてきました・・
でも今に見てて
いつの日か(お宅も含めて)そういった雑誌全部が僕にインタビューを求めて来ることになりますよ
その時おそらく僕は応じるでしょうね、多分僕がそうしたくなくても



マイケルはもう二度と絶対に無視できない作品を作り、自分が黒人だという理由でR&Bカテゴリーでしか評価しようとしなかったグラミー審査員に完璧に認めさせること、そしてそれまで黒人だという理由だけで拒まれてきたお高くとまった雑誌が表紙を飾らせてくれと懇願させること、このふたつの目標を決断し、それを表明し、実現させるために走り出しました。

彼にとってThrillerというアルバムは、誰にも口出しできない、させない、人々が賞賛せざるを得ない確固とした結果を残す作品にならなければいけなかったわけです。
そのためには一切の妥協を許さずに全身全霊を込めて狂おしいほどに打ち込んだのだと思うのです。
そうでなければ、この馬鹿馬鹿しい人種を理由とした「それまでの慣習」を打ち破るだけの驚異的な結果を導く事ができないと。

そして1984年2月。
マイケルはこのアルバムによりこの年のグラミー賞で、念願だった最優秀アルバム賞はおろか8部門を制覇するというとんでもない結果を残します。
さらにはそれまで白人アーティストしか登場しなかったMTVに初めて黒人アーティストとして登場し、ご存知の通りそれまでの常識を覆し、その年の年間最多リクエストを獲得し、音楽の人種の垣根を根こそぎ取っ払うという、今も高く評価される偉業を達成します。

そして奇しくも4年前と同じ、グラミーの1ヵ月後の3月に、あのRolling Stone誌についにマイケルのカバーで特集記事が組まれるのです。

RS389-RS.jpg

しかもこの年マイケルが表紙を飾ったのは、これを含めて170誌以上にものぼりました。
その中には冒頭のショーン・レノン9歳のBirthdayに訪れてMacに感動していたアンディ・ウォーホルが描いたマイケルの肖像画が表紙のTIME誌も含まれています。

1101840319_400.jpg

ウォーホルはジャクソンズのコンサートに訪れたり、マイケルがWIZの撮影時に通ったクラブの常連だったり、自身が発行する「Interview]という雑誌でマイケルに電話インタビューをしたりと、古くから交友がありました。

mj-andy-warhol.jpg


彼の予言どおり、マイケルが好むと好まざるにかかわらずインタビューや取材が殺到し、そしてこの年を境に今度は自分の言葉をストレートに伝えてくれないメディアへの不信から、どんどんインタビュー嫌いになっていくのですけれど。
彼が望んだ事は、人種など関係なく讃えられるべきは讃える、たったこれだけの事だったのに。



長くなりました。
続きます。


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gonpee2008

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