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Study the greats and Become greater その3

音楽はずっとマイケルにとっての女神だったかもしれません。でも、Danceは彼の女王だったのです。-Debby Allen


マイケルのタップの先生が、病気のためにその任を果たせなくなった時、次のインストラクターにと紹介されたのは、現在も現役のタップダンサーであり、NYはハーレム・タップ・スタジオのインストラクターでもあるDormeshia Sumbry-Edwards(ドーメシア・エドワーズ)その人でした。

00_MJ_Dormeshia_Sumbry_Edwards.jpg


マイケルは1997年9月、ABCで放送されたインタビュー番組、Barbara Walters 20/20(インタビュアーは意地悪だけれどマイケルの答える姿はGirlたちの大好物wな、あのインタビュー)のためにパリに滞在していました。

00_122452_20_20.jpg
これこれ^^ 好きでしょう?はい大好きですw

そんなマイケルに呼ばれたドーメシアは、遠くパリまで行かなければなりませんでした。
顔を合わした途端、質問魔のマイケルは彼女にも例外なくたくさんの質問をしました。
例えばこんな風に。

Can you dance like the Nicholas Brothers or Fred Astaire?
あなたは、ニコラス・ブラザーズやフレッド・アステアのように踊ることができますか?

How fast can you move your feet?
どれくらい速く足を動かすことができますか?


彼女がタップを踏むと、あろうことかマイケルは腹ばいになり、彼女の足に顔を近づけてさらに質問をしてきます。

How are you getting all those sounds out?
どんなふうにしてそんなにたくさんの音を鳴らしているの?

Do it again as fast as you can go.
もう一度、君ができうる限り速く足を動かしてみて

Can you teach me how to do that?
そうする方法を僕に教えることはできる?



そんな面接を経て、後日彼女は正式にマイケルから誘いを受け、晴れて彼のパーソナルインストラクターになるのです。

「私たちはいつでもどこでもレッスンをしたわ。
何回かはロスで、でもおおかたは週末ラスベガスで。
ベガス、ロサンゼルス、ウェストパームビーチ(フロリダ)、それこそあちらこちらでね。
スタジオにいる間、わたしたちはふたりっきり。そのうち、私は彼が一人の人間だってわかってきたの。
彼はなんでもよくわかっていた・・世界問題や宗教、家族のこと・・エンターテイメント以外の人生におけるすべてをね。
彼は、自分の子供と素晴らしい関係を持った父親であり、立派な紳士だったの」

多忙なマイケルでしたから、レッスンは通常1日につきおよそ3時間から4時間ほどでした。

「マイケルは、自分が何をしたいかがちゃんとわかっているの
ほとんど、音楽をかけずにレッスンしていたわ。
でも一度、彼のお気に入りのジャネットの曲*をかけたことがあった。
そして、「I liked the feeling and wanted to do something with that feeling. 僕はfeeling(感覚)を大切にしてきた、その感覚にまかせて何かをやりたかったんだ」と言っていたわ。

私の足の動きが良く見えるように、相変わらず子供のように横たわって、「Slower, slower, slower もっとゆっくりやって、もっともっとゆっくり」
そのあと「Faster, faster, faster もっと早くやって見せて!もっと早くもっと早く!」
そうして私を見上げてこう言うの。
「Can you show me how to do that? そのやり方を教えてくれる?」って」


足元にいるマイケルが自分を見上げて「教えてくれる?」だなんて・・はい!Girlたちの萌えポイントキター!w


ちなみに *お気に入りのジャネットの曲は、きっとあれとあれですね^^



I always tell her my favorite song of hers is Rhythm Nation and The Knowledge, cuz I love the bass lick, it really just makes me crazy, makes me wild.
僕のお気に入りの彼女の歌は、Rhythm NationとKnowledgeだっていつも彼女に話してる。ベースのフレーズが大好きだからね、本当に僕をクレイジーにさせるしワイルドにさせるんだ

Michael Jackson's private home movieより

彼の言うところの"I love the bass lick" のlickは、「フレーズ」の古い言い方らしいです。
こういうところも、わたしのツボ^^
だってジャクソンさんは昭和の人ですからw
最近はBADマイケルの露出が多いから、ピンとこない人も多いだろうけれど、1958年生まれ=昭和33年生まれなんですよねw

コーデュロイをコールテンって言う感じなのかなぁww やだーマイケルったら親近感~\(^o^)/

「ジャクソン先輩、リックってなんすか?今どきはフレーズって言うんすよ!」
「フレーズ?そうなのかい?僕が育ったころからリックはリックだよ」
「いやー、普通のオヤジが言うと古くてダサいけど、ジャクソン先輩が言うとなんかクールっすね!俺も今日からリックって言うっす!」
「それもいいけれど、”言うっす”じゃなくてちゃんと”言います”と言った方が美しいと僕は思うよ」
「あ、わ、わかりました!ご助言あざっす!」
「いや、だから・・ヘヒヒ」(苦笑するMJ)
スタジオの中でのこんな会話を妄想してしまうw


・・じゃなくて、彼の好きなベースに注目して聴いてみましょう♪

Janet Jackson - Rhythm Nation


Janet Jackson- The Knowledge



特にThe Knowledgeは本当に気に入っていたようですね。
マイケルのアルバムDANGEROUSの候補曲リストっていうのか、ちょっとした計画なのか指示なのか、もひとつよくわかっていないのですがw そんなのも書きこまれたノートがあって。

MJ_Dangerous recording sessions_Teddy extra killer better than knowledge

Best of Joy もれたんだな~・・て、注目はその次の行です。

killer dance Teddy Riley approve
Teddy extra killer better than knowledge


killer dance テディ・ライリー承認?ここ曲名なのか指示なのかこれまたわからないのですが・・
少なくとも、テディに「knowledge(わざわざアンダーライン引いてますよ奥さん!)よりもずっとイケてるいい曲」追加ね、みたいな感じでしょうかw

で、よくよく聴くと、この曲と似ているなぁって思ったのが、JAMの出だしからイントロの雰囲気。
JAMもテディがからんでますよね。
ひょっとして、「knowledgeよりもずっとイケてるいい曲」ってJAM?ww

Michael Jackson - Jam


まぁ、その辺はいつもの妄想ということで^^
ですが自分の制作メモにまで引き合いに出して書くぐらいだから、マイケルにとってジャネットのThe Knowledgeは踊りたくなるkiller dance曲No1だったのは間違いなさそうですね。

このメモはこの他にも突っ込みどころが満載。
”MA & MJ duet”は、あのマドンナとデュエット予定だったIn The Closetですよね、おそらく。
レコーディング前の初期のプランメモだったんだなぁ・・とか、長くなるからやめますw
あー、また恐ろしく脱線w



マイケルはそれまでに独自にタップを研究し、巧みにMJスタイルとして認知されているステップに生かしていたと思います。
ダンス素人のわたしには、靴のトゥとヒールを鳴らしてもらって、はじめてタップダンスなんだとわかる体たらくですが、よくよくマイケルのステップを見ると彼の音楽でその音はかき消されていても、その足さばきはしっかりヒールを蹴っていて、もしソールに金属板がついていれば間違いなくリズムを刻んでいる。

その象徴たるステップはお馴染みのこれ。
mj-tap2.gif

これも。
mj-tap3.gif

ここでも。
mj-tap4.gif


わたしからすれば、これで十分な域に思えますが、彼はすでにそのようなタップのテクニックが備わっていたにもかかわらず、シャッフル、パドル&ロール、クランプロール、プルバック、ドローバック、タイムステップというタップのABC、すなわち基本ステップを一から学んだのだそうです。

昨年お亡くなりになった歌舞伎界の中村勘三郎さんが、「型を熟知した者がその枠を破るから型破りといわれるのだ。型も知らずに勝手なことをする奴は形無しだ」という名言を残されていますが、まさに言い得て妙。
一度見たステップはすぐに体が覚えてしまうほどのマイケルですから、タップも独自にマスターできていたのでしょうが、何をするにしてもきちんとした基礎がベースになっていなければ、革新的な進歩もあり得ない。
若い頃から様々なことを学んでは昇華しつづけていた彼なればのエピソードだと思いました。
すでにスターであり、誰もが認めるMJというスタイルを確立させていてもなお、謙虚に、貪欲に、Study the greats and Become greater。
そしてそのような姿勢は、歌舞伎であれ、ダンスであれ、芸能の道をどこまでも極める覚悟を持ち、そのための精進を厭わない、芸事の神に愛された者に共通するものなのだとも。


基礎を終えて新しく振付しあうようになると、マイケルは「君ならここはどうする?」と熟練のタップダンサーである彼女の意見をよく聞いたそうです。
こんなところも彼は一貫していましたね。

ちなみに彼女はマイケルのYou Rock My World のSFにおいて、振付師にクレジットされています。
00_Dormeshia Sumbry
エンドロールです。バックにクリス^^

彼女とアイデアを出し合って振付けたシーンがあるかしら、なんて思ってこのSFを、今回マイケルの足さばきのみに注目して、目を皿のようにして観たのですが、全然わかりませんでしたw
アステアを連想させる動きや演出などは有名なんだけれど、わたしなんかが見抜けるような簡単な振りじゃなかったのでしょうねー。
「実はここのステップがそうなんです」みたいな、それこそBAD25ドキュメンタリー的インタビューをドーメシアにしてほしい・・誰かw
そういうマイケルの創作におけるお話を聞くのが好きなもんだから、ついつい(一種のオタクですw)。



Dancing-The-Dream-michael-jackson-7585519-659-600.jpg


「彼は私がクリエイトするのをバックアップしようとしていたわ。
彼がすこし手直ししたら、私がまたそれに変化をくわえて形をかえるの。
マイケルは完璧主義者だったから、たった4小節に4時間もかかったりして。
彼は1つの動きに完全に満足するまで先に進もうとしないのよ。
いろんなパーツを取り入れて、自分の一部にしてしまうのが彼のやり方。
次の動きに移る前に、それまでの動きを磨き上げようとしていたの。
私は彼の仕事にかける情熱を見たの・・とても真剣なね」


マイケルはドーメシアを自分のタップの先生としてだけじゃなく、彼女に友人としての気遣いもみせました(いつものごとく)。
ドーメシアはNYに住んでいました。
9・11でNYが壊滅的な被害を受け、市民たちが打ちのめされていた時、マイケルはいつものレッスンのために彼女に電話をかけます。
その際、2週間ほどカリフォルニアのネバーランドに、彼女だけでなく彼女の家族ごと連れて来るようにと申し出ました。
ネバーランド滞在中、ドーメシアの子供たちとマイケルの子供たちも仲良くなり、家族同士でウェストパームビーチ(フロリダ)へ行ったりもして楽しい時間を過ごしたそうです。


でも時が過ぎ、何よりも彼が大切にしていたそのネバーランドを遠く離れなければならなくなったマイケル・・



すみません。
まだ続きます。
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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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