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MADONNAはやっぱり男前

MMと言えば、Mサイズよりちょっと上、ではなくMichael と Madonna をさしますが、あまりに大物同士で、仲がいいというイメージは、ぶっちゃけあまりなかったのですが。
先週USで放映された「MTV Video Music Awards 2009」(日本でも19日にMTVで放映)で、マドンナが感動的なMJへ向けたTribute Speechを行いました。

madonnatalk.jpg
これも奇跡の51だよ・・

それがもう感動で、奥さん。

大まかな内容はこちらで読むことができます。

「彼(MJ)が6歳で歌った、その言葉は経験をつんだ大人のように、人々の心を揺さぶりました
彼はフレッド・アステアのように優雅で、モハメド・アリのパンチのように力強かった
彼の歌はまるで魔法だったわ
世界中の誰もが踊りたくなって、それどころか空まで飛べそうな気さえした
ヒーローにはそんな力があるものです
そう、彼はヒーローだったのです」

一番気になるのは、やはりマドンナとマイコーの意外なエピソード。

「彼は世界中のサッカースタジアムでコンサートを行い、何億枚もレコードを売上げ、各国の首脳と会食をしました
女性も男性も彼を愛し、彼のように踊りたがったわ
彼はおよそ別世界の人のように見えたけど、普通の人間でもあった

彼は多くのパフォーマーと同じようにシャイで、不安も多く抱えていたわ
わたしは1991年に、もっと彼の事をよく知りたいと思って、夕食に誘ってみたの

「わたしのおごりよ。わたしが運転するから、あなたとわたしだけで行きましょう」

それで彼はボディガードなしで、わたしのうちへやってきたの
わたしの運転で近くのレストランへ行ったのだけど、もう夜も遅いのに彼はサングラスをかけたまま
わたしは言ったわ

「マイコー、これじゃわたし何だかリムジンに向かって話してるみたい(リムジンの窓はスモークだからってことね)
そのサングラスを取ってわたしにあなたの眼がちゃんと見えるようにしてくれない?」

一瞬間があってから、彼は窓の方へサングラスを放って、わたしを見てウィンクしながら
「これで、もっとよく見えるようになった?」と言ったわ
このときわたしは、彼のもろさと魅力の両方を感じとったの

s-MM.jpg
(これですね!!ああ、もうグラサンとったあとなのね・・てかめっちゃ楽しそうやねんけど、おたくら。しかもマイコー、セーラーズ・・BADツアーの戦利品やね・・)

ディナーのあと、わたしはどうにかして彼が自分に許していない事柄、フレンチフライを食べるだとかワインを飲むだとか、悪い言葉を使うとか、それらを必死でやらせようとしたんだけど
(ここはマドンナらしい~♪)

そのあとわたしの家で、子供のようにカウチに座って映画を見たわ
映画の途中で、彼がわたしの手をそっと握ったの
それはロマンスと言うより、本当に友人を求めてという感じだった
だからわたしは喜んで受け入れたわ

その時彼はスーパースターではなく、普通の一人の人間だったのよ



泣かすやないかい・・(涙)

まさにこの頃、1991年のグラミー賞にMMは揃って出席しています。

s-madonna_and_michael_jackson.jpg

衣装の色も二人合わせた感じで、単に演出されたカップルではなく、本当に心を通いあわせてたんだなーと思うと、このまま一緒になってたらまた違う人生だったなー(おそらくマッハで離婚だったと思うけど)なんて、感慨深く・・。

10/5追記:それがね奥さん
最近MJのインタビューテープが公開されて、そこで彼が言うには、その後何度か会った時に、もうお互いがお互いを「共通点まるでなし!」と確認したらしくてね(笑)
ちょっと姐さんやりすぎたみたいでね。マイコーが一番嫌うようなことばっかやったり言ったり、もう大変で、んもうとても心通わしたどころの騒ぎじゃなくって、このグラミーに一緒に行った時点でマイコーはマドンナのこと「やなヤツゥ」なんて思ったらしくて、ははは(汗
本当に困りますぅ。こんな記事書いた後で違う事実が発覚するの・・(もう笑うしかないんですよ、とほほ)
注:このテープ公開後もマドンナは思い出は変わらないと言ってる様で、ハハさすが潔いです。


マドンナはMJとPrinceとも同じ1958年生まれ。
同世代で同じように成功し、世界中で愛される代わりに、マスコミのバッシングにもさらされた経験を持っている人。
MJが King Of Pop なら、彼女は Qeen Of Pop。
そんな彼女だから、MJの孤独も悩みもわかり得たのだと思います。
その後、いろいろあって疎遠になってしまうのですが、それ以降、彼女の耳にはMJの否定的な噂ばかりが耳に入ってくるようでした。

「わたしは知っています
街を歩いても、世界中が自分に背を向けているように感じることがどんな事かを
自分が無力で、自分を守れない
周りの声のほうが大きすぎて、自分の声など決して届かないんだと思う気持ちがどんなものかを
わたしにはわかるのです」

姐さんも大変だったもんね・・いろいろ・・

その後MJの訃報を聞いてマドンナは「自分は彼を見捨てた」とひどく後悔したといいます。
あらためて、彼との思い出を取り戻すように、生前の彼がテレビやステージで歌い踊る姿をインターネットで見たそうです。
(いやーん、わたしと一緒やんかいさ、(一緒にすな)Madonna姐さーん!)

そして彼女はこう思ったのです。

「Oh,My god・・He was so unique, so original, so rare.
And ever never be anyone like him, again.
He was a King.

なんてこと・・彼は本当に特別で、独創的で、希少な人だった
彼のような人は二度と現れない
彼はキングだったのよ」


大喝采。

最後にマドンナは明るい話題でスピーチを締めくくりたいとし、こう言いました。

「わたしの9歳と4歳の息子はMJに夢中なの
股間をつかむポーズやムーンウォークがちょっとした我家のブームね(笑)

新しい世代の子供たちが、MJの才能を発見し、再び彼に命を与えています
マイケルが今、どこかで微笑みながらそれを見守っていればいいなと思います」


LOVE!ねーさーん!!


男前なマドンナ姐さんは、自分のツアーで契約していた、すっばらしい日本人ダンサー、ケント・モリくんが、MJに見初められ、自分の夢であったMJの後ろで踊れる「This is it」ツアー参加のため、「すんません、姐さん。違約金、なんぼでも払いますから、僕をMJとこ行かせてください!」と頼んだ時、「あかん!」とピシャーっと断り、MJ本人が「頼むわ」と電話した時も「あかんあかん!これが契約やねんよ、マイコー!」とこれまたピシャー!

(この話は、NONA REEVESのゴータマさんこと西寺郷太さんがテレビでも話されましたし、出版された「新しいマイケル・ジャクソンの教科書」にも載っています)

泣く泣くあきらめたケントくん。
でもでも、マドンナはMJが亡くなった後スタートした自身のツアープログラムに、MJ追悼コーナーを設け、ケント君をマイコー役に指名しました。
「ケント、マイケルの魂と一緒にあなたが踊りなさい」

おっとこまえーー!!

s-kent.jpg
姐さんもノリノリです♪

ケント君はまだ若干24歳なのに、MMに同時に愛されるダンサーになっちゃって、ほんとにもうなんじゃそりゃ的すごい人です。
名古屋出身らしいので、名古屋の人は「どえりゃー誇らしいていかんわ」的気分でしょうね!
名古屋の、いいえ、日本の宝です!

MJは身近な人にケント君の事を「素晴らしいダンサーを見つけてね。彼は日本人だけど僕にとっても似ているんだ」と話していたとか。
「マドンナんとこが終わったら次は僕んトコで踊ってもらうよ」と。

・・・(号泣)

そんなMJそっくりなケント君のパフォーマンスです。



MJのエッセンスはこうしてどんどん引き継がれていくんですね(涙)
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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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