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She is invincible - エリザベスとマイケル

US時間で26日、こちらでは27日、ハリウッドにある、あの言わずと知れた観光名所グローマンズ・チャイニーズ・シアター前の広場にマイケルの足型、手形を残すセレモニーが行われましたね。
Yahooニュース

手形・足型というとすぐに思い出されるのは、1984年6月、すでにアルバムThrillerを出し、もはやジャクソンズの一員というよりも、ソロアーティストとして大成功を収めていたマイケルが、兄弟と行う最後のVICTORYツアー直前。
当時ラスヴェガスにも、ハリウッドと同じWalk of Fameの大通りを作る計画が持ち上がり、多くの著名人に手形・足型のオファーがあり、マイケルもその一人として実際にハリウッドと同じ大きさの石に型を残しました。


MJ_1984 brokenheart stone

MJ_1984 brokenheart stone vegas
はい、ここに押してね~

MJ_1984 brokenheart stone2
はい、サインもしてね~



ところがその都市計画はその後頓挫。
せっかくの手形の石板は、都市計画に賛同していたリヴィエラホテルの地下室に長らく保管されていたようです。
そのホテルが建て替えだか取り壊しだかわかりませんが、とにかく建物がなくなるということで、マイケルの石板は21年ぶりに地下倉庫から出された訳です。
当時の所有権はホテルにあり、なんとくじ引き抽選で当たった男性のもとへ石板は渡ったそうです。
その人は今度は自宅ガレージに石板を保管していたとか(おーのー><、なんて軽い扱い!マイケル~涙)

アンドリュー・ウィルソン(黒帯の空手家でもありカンフーなどの格闘家らしい)は、90年はじめにマイケルのお誕生日のサプライズとして、武道にも詳しい彼を喜ばせるために格闘技のデモンストレーションをネバーランドで行ったそうです。
2005年の裁判時には、地元サンタバーバラに住んでいた彼は、マイケル擁護の手紙を地元新聞社に送るなどしていたらしく、当時のネバーランド職員から、マイケルもとても喜んでいたと伝えられたそう。
そのウィルソン氏は、2009年のあの日ラスヴェガスの武道大会に出ていて、偶然ネバーランドで知り合った職員と会って、「マイケルの石板を所有している男性が、石板を手放したがっているのだけれど、あれを所有する人間はあなたが適任だ」と言われ、マイケルの手形・足型の石板を譲り受けたそうです。

マイケルの左手の手形の中央、くぼんだ部分がハート形のように見え、さらにはそこにひびが入っているように見えることから

32262c300.jpg

後にThe Broken Heart Stoneと呼ばれるマイケルの石板は、こうしてウィルソン氏のもとにやってきました。



ちょうど1年前にBroken Heart Stoneがオークションに出されるという報道がなされました。
その時点では「なんでもかんでもオークションなんだなぁ・・」という、ある意味もう別に驚きませんよ的感想を抱いただけだったのですが、その後の顛末はわからずじまいでした。

実は、ウィルソン氏はBroken Heart Stoneのオークションを取り止めたようで、この石板のHPまで作ってマイケルの偉大なレガシーであるBroken Heart Stoneにまつわる話(上記はそちらを参考にさせていただきました)やGalleryで当時の写真なんかもシェアしてくれています。
そして所有者の思いなんかも。
そこにはこう書かれています。

「この石板は、それにふさわしい適切な場所が見つかるまで、しっかりと保管されます。
例えば、博物館、または世界中の人がそれを見れるような名誉ある場所・・
そこでこの石板を見てマイケルから発せられるメッセージを味わうということは、彼の素晴らしい遺産でもあり、彼のファンにおいては最高なことなのです」


・・・



ねぇねぇ


ミスターウィルソン^^


「それにふさわしい適切な場所」

「例えば、博物館、または世界中の人がそれを見れるような名誉ある場所」


それってまさに



チャイニーズ・シアター前じゃね?(笑)


昨年の12月、ジャクソンファミリーが、このBroken Heart Stoneの所有を巡ってオーナーともめているだかなんだかという報道もあったけれど、できたら子供たちが代理で押した手形・足型よりも、いやそれもいいのだけれど、まぎれもなくマイケル本人のサインもきっちり入っているBroken Heart Stoneを、すぐにとは言わないけれど、いつかチャイニーズ・シアター前の広場の、子供たちが押した型の隣にでもセットしていただけたらどんなに素敵なことでしょうか。

チャイニーズ・シアターにふたつも手形・足型のブロックタイルがあるなんて、さすがやっぱりKingだね!ってことになったら

きっとマイケル喜びそうなんだけれどなぁ




・・て、実は今日のお話はここからが本題なんですよね(爆)
あまりに長い前説で、本当に書いている自分がびっくりですw


あらためてグローマンズ・チャイニーズ・シアター前の広場に手形・足型を残すというのは、名実ともにハリウッドで崇敬される俳優や女優のみが許される栄誉です。
このシアターがオープンした1928年以降、多くのハリウッドスターたちがここにその名誉ある証を残しています。

有名なマリリン・モンローをはじめ、マイケルが尊敬したフレッド・アステアやジーン・ケリー、ジュディ・ガーランド・・そして

エリザベス・テイラー


このハリウッドの申し子であり、マイケルの最愛の親友であり、彼の最大の理解者に関しては過去にも書きましたけれど、とにかくこのステキな女性を思い出す曲がありまして

わたしが大好きな彼のアルバム「INVINCIBLE」の表題でもあるINVINCIBLE。
この曲は、何をどうやっても自分になびいてくれない女性に対して、僕なら他の誰かより絶対彼女を満足させることができるのに、彼女は手ごわい、どうしても打ち負かせない、うんと言わない無敵の女だ、とぼやいているw歌ですね。

昔どこかで、これはダイアナ・ロスに対する気持ちを歌っていると読んだことがありました。
なるほど。

まぁわたし的には、これは創作時にそれまでの、あるいはその時点での、マイケルに関わった、あるいはマイケルが関わりたいと願っている女性たちにインスパイアされた、もしくはイマジネーションの産物だと思っていますが。
一人に限定できない感じ、というのかな。


INVINCIBLE


歌詞はいつものこちらへ
大西恒樹氏:マイケルの遺した言葉/マイケル・ジャクソン氏の歌詞の日本語訳詞集

中でも特にここ。

If there's somebody else, he can't love you like me
And he says he'll treat you well, he can't treat you like me
And he's buying diamonds and pearls, he can't do it like me
And he's taking you all across the world, he can't trick you like me

もし誰か他の男がいても、僕のように君を愛せない
君を大切にすると言ったとしても、僕ほど君を大切にできない
もし彼がダイヤや真珠を買っても、僕みたいにはできないさ
彼が君を世界中に連れて行っても、僕のような芸当はできないね




この中の

And he's buying diamonds and pearls, he can't do it like me
もし彼がダイヤや真珠を買っても、僕みたいにはできないさ


ここが耳についてついて・・w
ここだけをピックアップすると、前言撤回みたいで申し訳ないのですが、俄然浮かび上がる一人の、まさにインビンシブルな女性。


はい、またきた

エリザベス・テイラー

1796262202.jpg


マイケルがダイヤや真珠を貢ぐ女性w
というか、マイケルの周りで彼に宝石をねだるタイプの女性が、彼女しか思い当らなかっただけかもしれませんけれどw

もちろんマイケルとエリザベスはお互いを尊敬しあって固い友情で結ばれていた素晴らしい間柄であって、色恋感情が介在していたとは思っていませんが、彼が曲を創造する際に「彼女にはかなわないなぁ」みたいな感情を思い出させて、それがこの曲のパーツの一つになったかもしれない、といういつものわたしの勝手な妄想ですけれど。


エリザベスはとても宝石好きで有名でした。
彼女を愛した男性は、もちろん友人も彼女が好きなものが何かよくわかっていましたけれど、特に彼女を愛した男性は、その愛の証として信じられないほど素晴らしいジュエリーを彼女に捧げてきました。

生涯で8度の結婚、という恋多き女性でもありました。


NYのクリスティーズ・オークションで昨年の12月に、The Collection of Elizabeth Taylorが開催されました。
Elizabeth Taylor’s Jewels, On View at Christie’s

彼女の膨大な数の美しい衣装、装飾品、そして彼女が愛した目もくらむようなジュエリーの数々。
生前彼女は、「自分がもしも死んだら、愛してやまない大切なジュエリーたちは世界中に散らばってしまうでしょう」と語っていたとか。
マイケルもそうですが、オークションはセレブリティの宿命なのか、彼女が言っていた通りになりました。
ですが、今回の収益のほとんどは、彼女が心血を注いでいたエリザベス・テイラー・エイズ基金に寄付されたようです。
それだけがある意味救いではあります。

マイケルの所有物たちも、3年にも満たないというのに、多くの貴重なものが世界中に散っていきましたね。
ですが、スリラージャケットのように、落札した後展示という形で多くの人が見ることができたり、収益を病院などに寄付されたりといった、投資目的ではない、何らかの形で彼のレガシーを、あるいは精神を大切にできるような所有者にわたることを願います。
今回のBroken Heart Stoneは、かろうじてオークションはまぬがれましたが、できれば本当に世界中の誰もが見に行ける場所で、マイケルに触れることができるような形で残してほしいと願ってやみません。

うん、やっぱりチャイニーズ・シアターに、ふたつめのブロックタイルとして・・
絶対マイケル喜ぶと思うんだけれど・・w



話を戻すと。


その素敵な出品の中に、マイケルが彼女に贈った宝石も何点かあって、それにまつわるお話を知ると、エリザベスの、計算高いけれど憎めないかわいらしさや、いくつになっても魅力あふれるフェロモン具合とか(笑)を感じて、さすがのマイケルも彼女にかかると子供だよなぁ、なんて思えてますます彼女のインビンシブル度が高くなった次第なのです。

ご紹介しましょうね^^


2002年に出版された彼女の著書、Elizabeth Taylor: My Love Affair with Jewelryより、マイケルにまつわるお話です。(sourceはこちら

celebrity-image-elizabeth-taylor-250946.jpg



一つ目は彼女を喜ばせたくて頑張るマイケルwと、1枚も2枚も上手なエリザベス^^

----------------------------

Over the years Michael has given me some truly incredibly jewelry.
Once he gave me a huge diamond ring and kept saying, "Put it on, put it on. Look at the way it sparkles. I bet it's bigger than the Krupp."
So I asked innocently, "Really?
How many carats is it, Michael?" "Seventeen," he answered.
I embraced him and whispered in his ear,
"My honey darling, you missed."

長年にわたって 、マイケル は本当に信じられないほど、私にジュエリーを贈ってくれた。
一度、とても大きなダイアモンドの指輪をくれたことがあったの。
彼は言ったわ、「はめてみて、はめてみてよ。この輝き方を見て。クルップより大きいの間違いなしだよ」
そこで私は無邪気に尋ねたの。
「本当?それ何カラットあるの?マイケル」「17カラット」と彼。
私は彼を抱きしめて、彼の耳元でささやいた。
「 My honey darling, you missed. マイダーリン、残念だけど、はずれだわ」

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きっと彼女はわざと「何カラットなの?」って聞いたんだ(笑)
プレゼントをもらっておいて「おあいにくさま、そう簡単にはいかないわよ」と言いたげににっこり笑う彼女の顔と、残念そうに頭をかきつつ、照れくさそうにくすくす笑うマイケルが目に浮かぶ^^

クルップよりも大きいと彼女に自信たっぷりだったマイケルですが、クルップというのは、エリザベスが最も愛した男性と言われるリチャード・バートン(2度の結婚と離婚の相手)から贈られた33.19カラットのクルップと呼ばれるカットのダイヤモンドリングのことです。

elizabeth-taylor-33 carat Krupp Diamond ring_Richard Burton
これがそうよ、よく見たんさい^^


これに比べれば、確かに17カラットのマイケルのダイヤは大負けですw
それでも17カラットといえば、相当の大きさ。

17carat Diamond_sapphire_ring

オークションに出されていたマイケルから贈られた16.98カラットのリングです。
ひょっとしたら、この時のものかもしれませんね。
17カラットじゃないけど(さば読んだなマイケル)ま、いっかw


もうひとつのお話です。

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Another time we were at an auction together and I was getting excited about bidding on a pair of long shaggy Marina B diamond earrings, so I told him that he had to buy something, too.
I showed him this delightful monkey necklace made up of diamonds, emeralds, and rubies with matching earrings.
He probably thought I had something like "auction fever" when I pointed out that the two monkeys symbolized us, bonded in friendship.
In hindsight, I must have made some sense, because these little monkeys are perfectly at home with all my other beloved jewelry.

また別の時、私達は一緒にオークションにいて、私は一組の長い素敵なマリーナBのダイアモンド・イヤリングに値を付けるのに夢中だった、で、彼に、あなたも何か買わなくちゃ!と言ったの。
彼に、そのイヤリングにマッチした、ダイアモンドとエメラルドとルビーでできている、この楽しいお猿さんのネックレスを見せたのよ。
この2匹のお猿さんが、固い友情で結ばれた私たちを象徴しているのよ、と私が指摘した時、彼はおそらく私が「オークションフィーバー」のような、何か熱にかかっていると思ったんじゃないかしら。
後になって、これには意味があったに違いないと思ったわ、なぜならその小さなお猿さんたちは、私の最愛のほかのジュエリーたちすべてと完璧に仲良しなんですもの。

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monkey jewelry_a gift from Michael Jackson
もちろんGold monkeyがマイケルだよね^^


最初にジュエリーだけを見たら、マイケルが自分で考えてエリザベスに贈ったのかと思って、マイケルらしいな~なんて思ったのですが、どっこい、実際は彼女がうまーくおねだりしたのですね。
マイケルが「やれやれ、君にはかなわないよ」なんて言いながら落札した(と思われるw)、二人の友情の証。

もともとこのMonkey Necklaceは、ジュエリーコレクターとして名高かったある男爵夫妻の持ち物で、夫妻が亡くなったあとオークションに出されたらしく、55,000ドルで落札されたそうです。
2000年当時は1ドル105円くらいだったから、マイケル575万円で・・Waw、さすがw

でもマイケルもエリザベスから象をプレゼントされているわけですから、お互い相手の喜ぶ顔を見るために贈り物をしあうことは楽しいことだったのでしょうね。
わたしたちとはスケールは相当違うのですけれど・・ww

この本にはそのほかに、エリザベスのお誕生日の日に、またもやマイケルにジュエリーを(彼女は冗談のつもりでってありましたがウソだw)おねだりし、マイケルは彼女のために薄型テレビをプレゼントとして用意していたのに、結局ルビーの目を持つ象の刺繍が美しいエキゾチックなバッグもプレゼント(するはめになったw)してくれた、とか、エリザベスがマイケルに象をプレゼントするいきさつとかのお話も^^


A diamond bracelet gifted to Elizabeth Taylor by Michael Jackson
このダイヤのブレスレットもマイケルからのプレゼント^^


エリザベスのジュエリー関連逸話はまだあって、彼女は2001年のマイケルの30thアニバーサリーコンサートへの出演依頼に即答を避けたらしく、マイケルからジュエリーをプレゼントされた途端「もちろん行くわよ、マイケル」と承諾した、というのは有名なお話ですが、幼いころはマイケルの友人、そして大人になってからはマネージャーであったフランク・カシオが、昨年発売されたドキュメンタリー「THE LIFE OF AN ICON」でそれは本当の話だと語っていました。

このお話は、海外のファンには「リズに失望した」という意見もあったようですが、わたしはなんとも彼女らしいと思いました。
彼女はマイケルがデビューするよりもずっと昔からチャイルドスターで、それこそ筋金入りのハリウッドスターでしたでしょう?
厳しい現実や辛い憂目にもあったでしょうけれど、そこはやっぱりスターならではの天真爛漫な、自分の気持ちを優先してふるまうことが身についている人。
いくらマイケルの頼みでも、「気が乗らなければ行きたくないわ」的なところが、今では評判を落とすことを避ける人が多い中で、逆に往年のハリウッド・スター・オーラがビシビシと感じられて、それじゃなけりゃインビンシブルじゃないよね、なんて単純なわたしなんかは思って、結構好きなエピソードなんですねw


で、何事もなかったかのように、マイケルと一緒ににっこりとお写真におさまるエリザベスw

03_michaelliz.jpg



この時に彼女が身に着けているジュエリーをマイケルが贈った、という情報もありますが、実際は彼女の3番目の夫、プロデューサーのマイケル・トッドから贈られたダイヤのセットです。

Elizabeth Taylors_Ruby and Diamond _a gift 1957 from Mike Todd



この方は不幸にも飛行機事故で、エリザベスを残して亡くなられます。
彼女の心痛は相当なものだったようですが、トッドの親友である歌手エディ・フィッシャーが落ち込む彼女を助け、やがて彼女の4番目の夫になるのですが、「クレオパトラ」で共演した例のクルップを贈ったバートンと恋に落ちてしまって、5度目の結婚・・

とにかく、彼女の愛の思い出は、そのほとんどが宝石とともにあると彼女自身も言っています。
が、宝石さえ与えればこちらのもの、なんてとんでもない。
彼女にとって本当に大切なものは・・


彼女が亡くなる約2か月前のインタビューです。
(source:BAZAAR February 9, 2011)


I never planned to acquire a lot of jewels or a lot of husbands.
For me, life happened, just as it does for anyone else.
I have been supremely lucky in my life in that I have known great love, and of course I am the temporary custodian of some incredible and beautiful things.
But I have never felt more alive than when I watched my children delight in something, never more alive than when I have watched a great artist perform, and never richer than when I have scored a big check to fight AIDS.
Follow your passion, follow your heart, and the things you need will come.

私は決してたくさんのジュエリーやたくさんの夫を得ようと計画していたわけじゃないわ。
私にとって、人生は過ぎ行くもの、誰にでもそうであるようにね。
素晴らしい愛を知っていたという点では、私は人生で最高についていたわね、もちろん私は驚くほど美しい物達の臨時の管理人よ。
でも、私の子供たちが何かを楽しんでいるのを見た時以上に、自分が生きていると感じたことはないし、素晴らしいアーティストのパフォーマンスを見た時以上に、生きていると感じたことはないし、エイズと戦うために必要な額の小切手を切れた時以上に、豊かな気持ちになることはないわ。
情熱に従うの。心のままに従うの。そうすれば必要なものはやってくるのよ。

-------------------------------


「情熱に従うの。心のままに従うの。そうすれば必要なものはやってくるのよ。」


彼女をまさにあらわしている言葉だと思いました。

そしてわたしが憧れるのは、美しい宝飾品を多数所有していても、自分は「臨時の管理人」だと言っていますね。
美しいものに囲まれるのは大好きだけれど、それらに決して執着していない潔さを感じます。
母親としての顔、女優という芸能に生きる者の顔、そしてヒューマニタリアンとしての顔・・
どんな立場の時も情熱を忘れずに、自分の心に正直に生きたひと。

この姿勢は、同じく親の顔、エンターテイナーの顔、ヒューマニタリアンの顔など様々な顔を持つマイケルとも多くの共通点があったわけで、口先だけではなく本当にその情熱、そして心に従って生きた彼女に「彼女は無敵だ、誰も勝てないよ」なんていう気持ちをマイケルが持ったって不思議はないなぁと強く思ったのでした。


そして素晴らしいアーティストのパフォーマンスっていうのは、もちろんマイケルでしょ?ねぇエリザベス!





Girl won't give in to me, she's invincible
ねえ、僕に降伏してくれない?彼女は無敵さ、歯が立たない




33a831e.jpg



・・ふふ、ところでさ
もしあのBroken Heart Stoneが正式に認められたら、チャイニーズ・シアターにふたつのブロックタイルを残したのは僕だけってことになるよ
どうだい?エリザベス^^


そうねマイケル、とても素晴らしいわ
でも、ところであなたはオスカーをいくつ持っていたかしら?


・・ひとつ


あら、落札したものは違反よ 自分のでなきゃ、私はみっつだけど


・・やっぱり君にはかなわないなぁ


そんなことより映画に行きましょうよ そうそう、素敵なジュエリーショップがあるのよダーリン


くすくす・・


Elizabeth.png


なんて今頃



・・ね





Elizabeth’s friendship is like the perfect jewels she owns..
indestructible and eternal.

エリザベスとの友情は彼女の持っている完璧な宝石のようなものです
それは簡単には決して壊れない永久に続くものなのです

-Michael Jackson






■過去の関連記事
リズではなくエリザベスへ その1
リズではなくエリザベスへ その2


傷つけられても優しい人に - 「あいくるしい」とマイケル

久しぶりのお化け視聴率をたたき出したドラマ「家政婦のミタ」の次のドラマ予告で、マイケルのThey Don't Care About Usのイントロが流れて、わたしと同じように沢山のマイケルファンは色めきたった(笑)と思いますが、残念ながらTDCAUは、2012年1月11日夜10時スタートの、この新ドラマ「ダーティママ!」の主題歌ではなく、挿入歌でもなく、おそらく挿入はされるでしょうけれど一部テーマ曲っぽい使われ方をするのかな?
(ダーティーママ!公式HP主題歌

ちょっと残念・・ (´・ω・`)ショボーン
でも初回は見てみようかな^^

このドラマの主役である永作博美さん演じる子持ちの刑事さんは、妥協も言い訳もせず自分の生き方を自分で選び自分の足で立ち、常に「闘い続けている女」だそう。
おお、マの字がスメるw

永作さんといえば昨年も同じ日テレでこちらも自分に嘘がどうしてもつけない「曲げられない女」を菅野美穂さんが演じたドラマに出演していましたね。
このドラマでは毎回主人公のサキが、何年も落ち続けている司法試験の勉強を始める際、なかなかエンジンがかからない自分のテンションを上げるために、ファンであるマイケルの曲をかけるという演出がありました。
第一話がBlack Or Whiteで最終話がBeat Itでした。


第一話Black Or White

サキの顔つきは全く面白くなさそうなのに、自分ではノリノリで実際はへろへろと踊るという設定w
このへろへろとした踊りにもきちんと振付師がついていたそうです(悪口ではないですよw)

このマイケルの曲で踊るシーンは、DVD化された際、版権の問題で(必ずでるよね・・)収録されなかったとか。
そんなこっちゃ魅力半減だなぁ・・(´・ω・`)ショボーン

彼の音楽を使う(映像も)のは、相当いろいろな問題をクリアしなくてなりませんからね。
一方ではどこでもかしこでも安っぽく使用されることは、マイケルの価値を下げる要因となるという理由も一理ありますし、悩ましいところです。

ここまで書いてきたものは、いずれもテーマ曲として使われたもの。

ところが、この問題をクリアして堂々と主題歌として彼の曲が使われたドラマがありました。

img9f58bb2czik3zj.jpeg


TBS系列で2005年に放送された日曜劇場「あいくるしい」がそれ。
主題歌は「BEN」



ご覧になった方もいらっしゃるでしょうね。

わたしはリアルタイムでは1度ちらっと見ただけで、主題歌がマイケルだっていうのも知りませんでした。
要するに見ていないw

ですが、10月から11月に再放送をしていまして、偶然1話を見て「え・・これって・・」とくぎ付けになり、お昼間の放送でしたので仕事のときは見れませんから録画して全話見て、毎回号泣してしまいました。

ざっくりいうと一人の少年を通して、家族や友達とのきずなと愛情を考え確認し成長していく姿を描くというものなのですけれど。
主人公の少年を当時小学生だった神木隆之介くんが演じているのですが、この男の子の言うこと、考え方を通じて伝わってくる思いが、誰かさんをどうしても連想させてしまうのでした。
少年を取り巻く大人たち、亡くなってしまう優しいお母さんだとか、少年が尊敬して愛してやまないおじいちゃんだとかが、少年に語りかける言葉も、もうマの字がぷんぷんスメるわけでw

この素敵なセリフを書いた脚本家はいったいどなた様かと調べましたら、野島伸司さんでした。
問題作もあるけれど「一つ屋根の下」とか、家族愛をテーマにしたドラマも多い脚本家でいらっしゃる。
へぇ・・意外・・と思い、さらに調べると、野島さんはなんと主題歌であるBEN(ベンのテーマ)をモチーフにこのドラマの企画を考えたそうです( ̄□ ̄;)!!

BENをモチーフに・・というより、マイケルの世界観そのものじゃないかと思うぐらいで、それがわかってなおさらこのドラマで語られるセリフが心に響くようになりました。

しかもこのドラマが放送された期間というのが、2005年4月10日~6月26日(全11話)まで。
スタートした時期は、まさにマイケルがあの不毛で陳腐なばかばかしいでっちあげ裁判の公判真っ最中で、このドラマの第10話あたりで無罪判決により裁判終了に至っているという事。

今から思えば、ある意味とてもリスキーなことだったのではと思いませんか?
ファンがマイケルの無実を信じて疑わないのは当然だとしても、一般人にとれば、今と違ってテレビで流される情報をうのみにすることに疑問を抱かなかった時代。
特に日本には裁判の詳細な情報はなかなか届かず、ワイドショーではくだらないコメンテーターがマイケルに不利なことばかり偉そうに話し、その根拠のないくだらないコメントだけが独り歩きをする現状のなかで、渦中の人の曲をモチーフにしたドラマを制作するだけでも反対があったかもしれなくて、さらに主題歌として決定した楽曲の使用は簡単にはいかないことで有名で、おそらくさまざまな面倒な交渉や条件などを辛抱強く片づけなくてはならなかったはずで、しかもまだ審議の途中であり最悪主題歌のアーティストが有罪にでもなればドラマ自体取り返しのつかないダメージをこうむり、大失敗作になりかねないリスクを承知で、日曜9時というゴールデンタイムの放送にGOサインを出した局。
当時わたしにはわかりませんでしたが、脚本家の野島さんはじめ製作スタッフ、そして局の上層部に必ずマイケルの無実を確信し、アーティストとしての彼を大好きでリスペクトをしている方々(絶対複数いたはず)がいたことを確信せずにはいられませんし、彼らのとても強いマイケル愛を感じるのです。

mj2005trial_hand.jpg


この件に関してだけは、あながちわたしのいつもの妄想ではなさそうな気がして仕方がない。
それだけデリケートな時期に放送されたということです。
そう思えば、判決後に最終回を迎えたこのドラマは、彼のイメージ回復に一役買っていたかもしれなくて、だからなおさらこのドラマのセリフが心に染み入るといいましょうか。

少しご紹介しますね。


主人公の名前は幌馬車のほろ。
ほろは1993年生まれの12歳。(1993年っていうのがまた(/_;))
小学校で将来の夢を聞かれ、周りから笑われても真面目にこう答える男の子

「ぼくの将来の夢は、世界を救うことです」


ほろは人一倍優しくていつでも人のことを考える男の子なのに、彼は生まれてから一度も泣いたことがなく、そんな涙が出ない自分は本当は冷たい人間なのじゃないかと悩み、大好きなおじいちゃんにそのことを打ち明けます。
その時におじいちゃんがほろにゆっくりと優しく語る言葉。

「人間は誰もが、心に木を持っているんだ
その木が、ほろは普通の人より太くて強いんだ
人はね、悲しいことがあると瞬間その木が折れてしまうんだよ
そうすることで、木が悲鳴を上げるように涙をこぼす
だけどほろの幹は太くって強いから、簡単には折れない
風が吹いても雨がたたいても折れない

慰めてあげられる
支えてあげられるじゃないか
人はね、心の木が折れると自分ではどうしていいかわからない
何も考えられない
だけどほろの幹は強いから、そんな時でも考えられる
行動することができる
思いやることもできる
ほろが誰よりも強くて優しい証がそこにある
世界を救えるほどさ」



病気でおそらく余命いくばくもないほろのお母さんが、病院よりも家族と一緒に生きることを選んでうちへもどってきます。
お母さんは子供たちに遺言のように大切なことを伝えていきます。

「優しい人になってね
傷つけられても優しい人に

好きって言葉は魔法なの
言われた人を幸せにする魔法
友達にでも誰にでも

悲しい人はね、好きって言われたことのない人だから」




いつもにこにこと陽だまりのような優しい笑顔のお母さんの命の灯がとうとう尽きた時、お父さんの悲しみは深く、葬儀に出ることを拒み家に閉じこもるほどでした。
でもほろをはじめとする子供たちに支えられ、なんとか立ち上がるお父さん。
母のいない朝、完全にからまわる空元気で盛り上げようとするお父さんを、逆に悲しませないようにつきあってあげるほろたち。

「みんながつきあっているのは、もしかして一番悲しいのは、お父さんかもしれないからです
一番悲しい人が頑張ろうとすると、つられてしまうものなんですね
僕もそういう人になりたいと思います
一番悲しい時に頑張ろうとする人に」


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ほろくん


ほろが好きになった女の子を怒らせてしまい、自分が彼女のためにしたことが彼女を傷つけたかもしれないことに対して傷つくほろとおじいちゃんの会話

おじいちゃん 「ほろは世界中の人を応援したいんだろう?みんなに優しくしてあげたい」
ほろ 「うん」
おじいちゃん 「そうなると、これからもきっと多くの人に傷つけられてしまうかもしれないね」
ほろ 「僕平気だよ、だって僕の心の幹って強いんでしょう?」
おじいちゃん 「ああ」
ほろ 「お母さんが言ってた、人を傷つけるのは悲しい人だって 
    たぶん、誰にも好きって言われたことがない人だって
    だから僕ね、そういう人にあったら、好きって言ってあげるんだ」
おじいちゃん 「傷つけられてもかい?」
ほろ 「うん、そうだよ」
おじいちゃん 「ほろがそんな大人になったら素晴らしいことだね 本当に世界が救えるかもしれないな」



人を傷つける人は悲しい人
だからこそそういう人に「好き」といってあげるんだと言うほろ



マイケルもたくさんたくさん傷つけられて
それでもなお愛することをやめない強くて優しい人で
悲しくて辛い時も自分以外の人のために頑張って

そのうえ、わたしたちを幸せにする魔法の言葉をたくさんたくさん言ってくれる


きみたちのことが好きだよ
愛してるよって



I love you

I love you more



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2002年イギリスのエクセターフットボール(サッカー)クラブ主催のチャリティイベントでのスピーチ(ソースはこちら)で、マイケルは戦争という愚かな大罪をもとから断つには、身近な人を愛し思いやり、その人に「あなたを気にかけていますよ」と伝えることが大切だとして、隣り合う人と手をつなぐよう呼びかけます。

Dont be shy! Do it! It starts now!
Now, tell the person next to you that you care for them.
Tell them that you care for them.
Tell them that you love them.
Tell them that you love them.
This is what makes the difference.
Together we can make a change of the world.

恥ずかしがらないで!さあ、つないで!今から始めよう!
さあ、隣の人にあなたを気にかけていると伝えて下さい
あなたのことを気にかけているよと伝えて下さい
あなたを愛していると伝えて下さい
愛しているよと伝えて下さい

これこそ大きな変化を生み出す事なのです
僕達は共に世界を変えていくことができるのです



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エクスタースピーチでのマイケル



過去記事で書いた「それでもなお、人を愛しなさい」を思い出します。
その記事で引用したトラヴィスの言葉も。

「彼は、大きな声を出したり反論するタイプじゃありませんでした。むしろとても穏やかな人でした。
違う意見も愛でのりこえようと。
彼についての嘘を言う人たちに対してだって、言い合いで嫌な気分にさせるより、むしろ彼はその人たちのために祈るんです。
「そういう人にはもっと愛が必要なんだ」と言ってね」



彼は自分を傷つけた人であってもその人を許し、なお彼らを愛そうという強くて太い幹の木を心に持っていた・・いえ、そうありたいと願っていたのでしょう。
オックスフォード大でのスピーチでも「許す」ことが「癒し」のはじまりだと話していました。
とても難しいことですし、彼もそうは言っても人間ですからうまくいかない時もあったでしょうけれど、少なくともそうありたかった彼から放たれる言葉には、口先だけの軽さなど全くなく、むしろいつでも真摯さに満ちているからこそ、心に響き心にしみわたり心を揺り動かすのですね。

彼には何度も心の木の折れる瞬間があったけれど、折れても折れてもまた新しくその木からは新芽が芽吹き、その幹は前よりもさらに太く強く再生し、やっぱり自分よりも誰かのことを慰め支え、愛そうとしていたと。



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このドラマのセリフが、マイケルを意識したものなどでは全くなかったとしても、「世界中の人を応援して、悲しい人たちを救い出して、たとえ傷つけられても愛することを決してやめずに、雨や風や嵐から大切なものを覆って守る幌のようにみんなに優しくしたいんだ」というその果てしない思いやりと強さを託された主人公ほろは、わたしたち誰もがそうなれればどれだけいいかという願いであり理想なのだと思います。

12歳の子供だから、この理想を高らかに大きな声ではっきりと言わすことができるのです。
12歳の子供だから、ほほえましく見ることもできるでしょう。
12歳の子供だから、まわりに笑われても「頑張って」と応援したくなるでしょう。

そしてこれがあくまでドラマの中のお話だから
ドラマなら許される理想だから


でもこれが現実に大人が口に出したなら


ほんの少年のときから、世に言うところの分別のある年の大人となってもなお変わらずに、その理想を体現し続けたがゆえに、痛くもない腹をさぐられ揶揄され中傷された人


このドラマをマの字を意識しながら考えたおかげで、また彼がどれだけ素晴らしい人かを心に深く刻むことができました。
(あくまで自分の感想ですけれどね^^)



悲しくて辛いことが大半を占めたこの年
自分にとって何が大切でどうすることが必要か、考え方生き方をこれほど考えさせられた1年はありませんでした

そしてそんなときにもいつもマイケルがそばに



年月が経つほどに彼の存在は大きくなり、その不在の悲しみは深くなり、だけれどもその存在は「大好きなアーティスト」にとどまらず、自分の人生の道を進む際、何か立ち止まって思案するときの道しるべのごとく、あの日までより逆にリアルに心のよりどころになっていく不思議。

時が経つほど彼のなにもかもが鮮やかになる不思議。


あと少しでやがて来る新しい年も、わたしの心にはいつもマイケルがいますように
悲しむだけではなく、自分の歩く方向を決める時、彼を想うことが自分にとっての正しい判断の助けになりますように



そして、ここを訪れてくださった方々にも感謝を


来年もおひとりおひとりのそばでマイケルが微笑みますように



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今年最後のブログ更新です

よいお年を^^

Keep On Loving You, Michael

Twitterで仲良くしているMJクラスタのHちゃんと、なんばパークスで14日から始まったMJ46 Keep On Loving In NAMBA に急遽行くことになり、8月に神戸での46に行ったしなぁ・・と思いつつ、トリビュートイベントにも行かなかったし、なんとなく脳内マイケルだけではさみしかったせいもあって、昨日行ってきました。

行きの道中ではINVINCIBLEを聴きながら。
自分の中ではこのアルバムが一番好き。
わたしとマイケルが鉢合わせ、じゃないw、出会ったOff The Wallも捨てがたいのですが今はやっぱりこれだな。
これが出た当時はマイケルから離れていましたし、本当にわたしバカだったので、新聞の広告で発売を知り、まぁその広告のキャッチにもちょっと引くんですけれどね><(なんだこりゃ・・みたいな)

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本音を言うと今も若干引くw
いろんな意味で斬新すぎて「う~む・・」とうなったのが昨日のようですw

この人に言われなくても確かに「いつだってマイコーはスゴいんだぜベイベー」なんだけどね、うん正解なんだけどもねヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ


しかし当時のわたしのバカはさらに加速していて、この神アルバムを発売日に即買いせず、だーいぶ経った頃にこともあろうにレンタルCD視聴なんかして、しかもはじめの一発目の曲で、今ならテンションだだアガりになるあのギューーーーンという電子音がいきなり聞こえた時、「あらまぁ・・マイケル・・こんなことに・・」みたいなうすらがっかりしたのを良く覚えています。
今から思うと、なんだこりゃじゃねーよ、がっかりはお前だよ!ですし、こんなことにってどんなことなの?あん?と当時の自分の胸倉をつかんで言ってやりたい(`□´)コラッ!

Michael Jackson-Unbreakable



1曲目Unbreakableの、あのギューーーンは

93年以降吹き荒れていたネガティブキャンペーンの向かい風に決して負けやしないことを宣言するための
どんな困難にも毅然と立ち向かうマイケル・ジャクソンを高らかに宣言するための
ファンファーレだったのに



バカだったなー ε- (´ー`*) フッ ...


でもま、いっか。

今はこのアルバム大好きなんだから
許してくれるよマイケルも(確信はないw)

気を取り直して進め進め♪

で、着いたらばこんな大きな広告が^^

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目立つ目立つ^^


今回はスリラージャケット(?かな、たぶんw)及びキャプテンEOで使用された実物大模型(ってなあに?w)の2点が初見ということで、これらはジュリアンズ・オークションの協力で展示されるため到着が遅れているらしく、24日以降にお目見えだとか。

仕方ない・・もう一回行くかw



プリンセス天功さんがこの内覧展をスタートさせたのは2010年の六本木から。
今まで東京のみならず、名古屋、沖縄、福岡、神戸ときてやっと大阪で。
しかも今回の展示場であるなんばパークスというのは、もともと大阪球場でした。


はい、1987年のBAD Tourで西宮球場に続き10月10日~12日の3日間、マイケルがコンサートをやってくれた場所です。
なんとあれから四半世紀ぶりにマイケルが帰ってきてくれました。


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行きたかったけれど日がうまく合わず、結局取れなかったチケット。


マイケルが大阪入りした後、大阪市役所へ市長を表敬訪問して、バブルスと一緒にお茶を飲んでいるニュースを見ただけで、胸がいっぱいになったことを思い出しました。

大阪キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!みたいなw


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行ったことがある方にはおなじみのエド・ハーディのiPhoneカバーや妙に派手なカバーの使いかけのクリネックスティッシュやサイン入りの白いフェドラ帽や78年のインタビューテープ・・
サイン入りThrillerのLPを見て、LP買ったなぁと遠い目なぞしつつw

普段わたしはあまりグッズとかに触手を示さないのですが、といいつつイベント時には記念に買っちゃうのですけれどね。

今回はキーホルダーを買おうと。


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一緒に行ったクラスタGirlのHちゃんのランド土産のミッキーキーホルダーとともに。ミッキーとマイケル、よい構図だー^^




MJ46ではマイケル最後のサインを天功さんが落札されたため、必ず見ることができます。
今回はそのサインを刻印したキーホルダーも販売されていたのですが・・なんだか切なくやりきれない気持ちになるのであんまり見ないようにしていました。

普通の赤いキーホルダー(MJ46in KOBEでは売り切れていたので)をスタッフのきれいなおにゃのこ^^に「これを」と言うと、若くてきれいな彼女は「こちらの新作はマイケルのサインが刻印されているんですけれど、いかがですかぁ?」と天真爛漫な笑顔で勧めてくれました。

んが

いや・・それは切ないんだよGirl、せっかくだけど・・


「展示されていた最後のサインなんですよ~♪」と、さらににこやかにたたみかけるGirl!

だ、だからぁ(/_;)

「うん・・でもなんだかあれは切なす・・」


あれ


や・・




やばいやばいやばい



だめだめだめ!しっかりしろakim!かっこわるいぞ、みっともないぞ!!

こらえろこらえろ!こ・・ら・・



つーーーー・・と涙が



いい年をした元Girlはスタッフたちを前にして、かっこ悪いことに、もはや全くかわいくない泣き顔をさらしてしまいました。


「ご、ごめんなさい、ドン引きさせちゃって><」と謝るときれいなGirlは「いえいえ、そんな!わたしも映画5回見てひとりで泣きましたぁ^^」と気を使って慰めてくれましたが、「そうかいGirl・・あたしゃ17回毎回懲りずに泣いただよ」とは言わずにえへへと照れ隠しに笑ってごまかしたのですが。



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だめだな・・
いつまでも


わたしはこうやって何かあるたびに、彼の不在を自覚するたびに、今もくすぶる後悔や強烈に襲い掛かる寂しさと向き合って、そのたびにそれらとなんとか折り合いをつけて、そしてきっとこれから先もずっと消えることはないそれらの感情と共存して過ごしていくのだなぁと

彼を愛する人はみんなそうなんだなぁと


毎日の生活を笑ったり泣いたり怒ったりして過ごしていきながら
心の中にいつも彼がいて


街中にあふれるクリスマスソングの中に聞き覚えのあるまだ幼くて高い声を聴いたときに

月食の月がわたしたちの星にその姿を遮られ、従来煌々と放っていた光がつつましく薄れたおかげで、ここぞとばかり生き生きと輝きを放つ無数の星たちを見上げたときに


ふいをつかれて


届くことはなくともどれだけ日が過ぎようともしっかりと灯る彼への想いが
それは尊敬とかあいくるしさとか憧れとか心酔とか言葉で表せない、だいすきだという想いが


涙となってこぼれおちてしまうなんてことを、これからも何度も何度も繰り返しながら生きていくのだなあと。


それはわたしだけじゃなく

ここを訪れてくださるみなさんもきっと同じ想いを抱えて。





Keep on Loving You, Michael



このやるせなく切ない寂しさは


あなたがだいすきだという証だから



だからこの寂しさを手放さず


いつまでも心に抱えていくよ







MJ46 Keep On Loving in NAMBA produced Princess Tenko

今回の開催期間は27日までです。



わがままな本音

わたしは基本的にものまねとかそっくりさんとかが好きでそういう番組もわりと好きで

たとえ日本のモノマネ番組とかであまりに似てなくて「パウ!」のキーだけが合ってるだけのどうしょーもねーなこりゃ、みたいなマイケルであっても、結構笑いながら見ることができて

それこそBADの頃のとんねるずのノりさんのなんか大好きだし





大泉洋の微妙に高度な雰囲気だけのMan In The Mirrorも大好きだし




もう大笑い^^






でも



でも不思議な事に

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Bellie Jeanだけは誰がやっても受け付けない


一生懸命練習したんだろうなぁとか上手だなぁとかってその人の努力に対して敬意は払えるけれど
他の曲のように楽しんだり出来ない

逆にどうしてこれを選んじゃうかなぁ・・とまで思ったり
DagerousとかSmooth Criminalとかならこんな気持ちにならずに見れるのに


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去年12月にトラヴィスはじめ何人かのダンサーがライブを再現するというTIIイベントがあって
MJクラスタのお友達が抽選に当たったので誘ってくれて
目の前でマイケルと一緒にリハーサルを何度も何度もした彼らが踊るのを観て

始めは楽しかった



楽しかったけど


ダンサーたちが踊るBellie Jeanが始まった時



悲しくて淋しくなった

彼がいないという事を突きつけられたから


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そのへんのモノマネタレントとかましてや無名のダンサーではなく
れっきとした一流のダンサーたちなのに
トラヴィスなんてマイケルと振り付けを一緒にするようなレベルのダンサーなのに


でもBillie Jeanだけはだめ


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あれはマイケルしか踊ってはいけないの


踊っても良いけど、マイケルにしか踊れないんだもん


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だからどんなにすごい人が踊っても心が動かない
どんなすごいアーティストが歌っても



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だから最初から選んじゃだめ・・ていうか

永久欠番にしてほしい


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マイケルじゃないBillie Jeanはただ悲しくなるだけで



あのグローブも
フェドラも
スパンコールのジャケットも

彼しか似合わなくて
彼しかさまにならなくて
彼にしか着こなせないのと同じで



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Billie Jeanだけは



彼にしか歌えなくて
彼にしか踊れないのだから



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マイケルのBillie Jean

マイケルだけで十分


マイケルだから素晴らしいんだもん


Michael Jackson - Billie Jean Live - 1983 / 2009 [FULL HD compilation by CapoVids]



"Bellie Jean" is a song for only him.

Love you and miss you so much..


この空のどこかに

ついこの間写真の整理をしていましたら懐かしい写真が出てきました。
初めてLAへ旅行に行った時のもの。

わたしはこれまでで2回しか訪れていないのですが、初めてのLAでは本当にいろいろな事がありました。

ショッピングモールの中でお手洗いを探して、人に聞くのですがいかんせん英語が疑わしいのでw
マシンガンのような早口の説明を受けても理解できないので、かろうじて聞き取れる単語、例えば誰かに聞いてTune to the rightとかがわかったらとりあえず右に曲がって、そこでまた別の人に声をかけてGo straight とか言ったらまっすぐ行って・・小刻みに目的地を目指す方法で、延べ4人に助けてもらいたどり着いた思い出とかw

主人はその間に男性用のトイレで、大柄な黒人青年になんと後ろから羽交い絞めにされ脅されたらしいのですが、どうやら本人はゲイに迫られたと思ったらしく「俺はストレートだから君には興味ない」と言って振りほどいてスタスタとその場から去った、というポジティブすぎる経験をしたりしてました(笑)

マイケルがまだネバーランドにいた頃でしたからLAに着いた途端、抜けるようなまぶしい青空を仰いで「マイケルも同じこの空の下にいるんだなぁ」と心の中で小躍りしてきゃはー♪と喜んでました。

ハリウッドブルーバードのマイケルの星を見たとき、「あたしゃマイケルのファンだよ」とは誰にも言ってなかったので一緒にいた友人たちが他の写真なんかを撮っている隙に、すばやくしゃがんで彼の名前を何度もなぜてまた心の中で「マイケル、来ましたぁ♪」なんてつぶやきつつ、でも写真も撮らずに短い逢瀬を終わらせてしまいました・・あーあ、ばか(T_T)


お茶を飲むために入ったオープンカフェでBillie Jeanがかかった時、心の中で「キター!」\(^o^)/みたいな心境だったのですが、周りの友人もファンでもないのに何故かこのときだけは浮き足立って「本場で聴くビリージーンはたまらん!」と喜んでいたのが意外でした。
たとえファンでなくても、なんだかんだろいろあっても、ビリージーンを歌うマイケルは80年代を謳歌した世代にはアイコンだったのかもしれません。

そして忘れられない最大の出来事・・それは

帰りの空港の中で迷子になってしまったこと


わたしは主人から信用されていなかったので、パスポートをはじめとする貴重品は持たせてもらえず(子供かw)ポケットの中に20ドルが入っただけで、しかも片手にPEPSIを持っただけのほぼ手ぶら。

広い空港の中で見渡す限り外国人しかいない(当たり前ですけどw)

パスポートもない状態で、しかも20ドルぽっちしか持っていないこの状況は、わたしを不安のどん底に陥れるに十分でしたし、この苦境を訴えるにも英語力が全くもって乏しすぎる自分の頭の現実に、わたしの心は簡単に折れましたw
みるみるうちに景色が涙でかすんでいきます。

その時「Are you all raight?」と声をかけられました。
振り向くととても太った黒人のおばさんがわたしを覗き込んでいました。

「Why do you cry?」

その人からしたらほぼすっぴんに近かったわたしは、中学生の女の子に見えたのかもしれません。
泣きべそをかいているPEPSIを持ったかわいそうなアジアの少女・・w
わたしはその時すでに27歳でしたけれど(笑)

なぜならとてもゆっくり話してくれたからです。

お店の人も街行く人も、それまで誰に何を尋ねても「ゆっくり」話す人など皆無でしたから。


本当はこれこれこういうわけで今わたしはたいへんピンチである、といいたいところでしたが、これこれこういうわけで、という英語が出てくるはずがなく、ただうなずいて「I'm OK・・」と答えるのが精一杯でした。
おばさんは何かをばばばばっと話してくれましたがもう聞き取るどころじゃない最悪の状況・・
その時、目の前のみやげ物だかなんだかのショップから、大好きなマイケルの歌声が聞こえてきました。

I Want To Love You (P.Y.T.)
Pretty Young Thing
You Need Some Lovin' (T.L.C.)
Tender Lovin' Care
And I'll Take You There

僕は君を愛したいんだ(P.Y.T.)
若くて可愛い人
君には愛が必要(T.L.C.)
優しく大事に愛されること
そして僕が、君を案内するよ






あ・・



P.Y.T.だ!!!


大好きな歌!!




わたしの顔がおそらくパァァァァ・・と輝いたのでしょう、黒人のおばさんが「わぉ・・まいこーじゃぁぁくすん」と笑顔で言ってくれて「Do you like him?」と聞きました。
それだけはわたしでもわかりましたので、「Yes!Yes!」と答えると彼女はわたしに「わたしもよ」と言って、もう一度「大丈夫?」と聞いてくれました。
全然大丈夫じゃないのですが、とりあえず彼女を安心させてあげたくなって涙まみれではありましたが笑顔を何とか作って「I'm OK. Thank you」と答えると彼女もニコっと笑ってくれて「気をつけてね」と(多分w)言いながら去っていきました・・

ショップからマイケルの

Pretty Young Things, Repeat After Me
Sing Na Na Na


という歌声が聞こえていました。

本来ならナーナーナ、ナナ、ナナナと一緒に歌って踊りたいたいところ!
自然とリズムに乗ってステップを踏みたくなって楽しい気持ちを連れてきてくれる!
すごいよ、マイケル!



とはいえさすがにその場で踊ってしまうほど能天気ではなかったわたしw

でも何となく明るい気持ちになったことを覚えています。

気を取り直して結局迷子になった最初の地点に戻ってみたら、見失ったと思われた主人や友人たちが暢気に談笑しているのを見つけて事なきを得、彼らには何事もなかった振りをして、わたしは無事機上の人となる事ができました。



I Want To Love You (P.Y.T.)
Pretty Young Thing
You Need Some Lovin' (T.L.C.)
Tender Lovin' Care
And I'll Take You There
Yes I Will

僕は君を愛したいんだ(P.Y.T.)
若くて可愛い人
君には愛が必要(T.L.C.)
優しく大事に愛されること。
そして僕が、君を案内するよ
そうさ、僕がね


大西恒樹氏「マイケルの遺した言葉」より引用


ロスの空港でPEPSIしか持たないで迷子になって黒人のおばさんに不憫がられたという話は、その後友人に告白し、主人の「ゲイに迫られた事件」と共に爆笑伝説となったのですが


あの時

P.Y.T.を歌うマイケルに助けられた(と勝手に思っているw)ことは

実は秘密


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I'll Take You There



僕が君を案内するよ





マイケルが案内してくれたんだ♪・・って(笑)
彼の住むロサンゼルスから遠く離れた日本に帰ってからも
自分の今見ている空とLAの空は繋がっていて


マイケルもこの空の下にいるんだなぁ




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そう思ってただ幸せ^^



わたしがマイケルから徐々に離れる1年前のことでした。




古くからのファンの方がこんな話をしてくださいました。

今一番辛い事は、この同じ空の下にマイケルがいるんだと思う喜びを奪われた事





・・ですね





マイケル




わたしたちはもう充分あなたに優しく大事に愛されました

あなたに案内されてあなたの音楽に触れて

沢山の喜びと楽しさと安らぎと

言葉にできないぐらい多くの気づきをもらっています




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あなたがいないなんてやっぱり思いたくないんです



だから




これからはこう思いましょうか




あなたはこの空のどこかにいるんだなぁ・・て



風を従え

光をあやつり

雲に抱かれて

三日月に腰掛け

雨粒をまとって

夕焼けに染まって




あなたはいつも


この空のどこかにきっと



リズではなくエリザベスへ その2

「CHILDHOOD」を書き上げた時、そばにエリザベスがいたという話もあります(定かではないのですが)
もしもそれが本当なら、まさしくあの曲は彼女のためのものでもあったのではないかと思います。
だからこそのあの透明感のある旋律とドラマティックな曲調だったのかな、などとも思えたりします・・


Have you seen my childhood?

ねぇ、わたしの子供時代を知っている?


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誰もが知っている彼女の子ども時代でしたが、それは作られた世界の中で演じていた誰かの人生。
本当の、9歳の彼女の生活のなかに、子供らしい楽しみや友達とのたわいない遊びや屈託のない無責任な時間を過ごす事が許される子供としての特権・・それらはマイケルと同様、やっぱり奪われていたのです。

大人の都合で。
大人の夢のために。
大人の欲のために。


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People say I'm not okay
'Cause I love such elementary things...
It's been my fate to compensate,
for the Childhood
I've never known...
人は僕が変だと言う。
僕が子どもじみた物が好きだからって。
でもそれは、僕の運命の埋め合わせなんだ。
子ども時代を味わえなかった・・


Childhood「マイケルの遺した言葉」より引用・抜粋


2001年USA TODAY interview(source

Elizabeth has this little girl inside of her who never had a childhood.
She was on the set every day.
She loves playing with a new gadget or toy, and she's totally awe-inspired by it.
She's a wonderful human being.

エリザベスの中には小さな女の子が住んでいるんだ・・彼女も子ども時代がなかった
毎日セットの中にいたんだからね
彼女は新しい道具やおもちゃで遊ぶのが大好きなんだ・・そうすることで(今だに)触発されたり感化されたりしているよ
彼女は本当に素晴らしい人さ



いくつになっても自分と同じように子供っぽい物や事にも新鮮な驚きを発見し楽しんだであろう彼女に、マイケルはきっと心底喜んだと同時にゆるぎない信頼と絆を感じたのでしょうね。

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エリザベス、というより「リズ」の愛称で知られていた彼女でしたが、実は彼女は「リズ」と呼ばれることを極端に嫌っていたそうです。
わたしもそれを知って意外だったのですが、当時のメディアが彼女のスキャンダルで紙面をしょっちゅう賑わせていた頃、「エリザベス恋人発覚」だの「エリザベスまたもや宝石店でお買い物」みたいな見出しを載せるとき、長い名前よりもリズと短縮させて記事の文字数を稼ごうという魂胆からつけられたあだ名だったそうです。
いわゆる「キムタク」みたいな感じなのでしょうね。

勝手なマスコミの都合で自分の名前を短縮された事をおとなしく受け入れるほど彼女は弱くはなかったということでしょう。
彼女は自分の名前はリズではなくてエリザベスだと事あるごとに不満を表し、インタビューで墓石に何と刻まれたいかという意地悪な質問には笑いながら

「彼女は“リズ”と呼ばれることを嫌っていた・・かしら?」と答えたそうです。

マイケルと同じようにユーモアを愛していた彼女は、ただ真っ向から食って掛かるのではなく、シニカルなジョークで応戦するのが好きだったそうです。
他にも大病を何度も患った彼女は、センセーショナルなスキャンダルでしか紙面を飾る能がないマスコミを皮肉たっぷりに批判してこんな事も言っています。

「マスコミには何度も殺されたわ。死亡記事のコラムが今まで書かれた私への最高の批評だったわね」

マイケルが生まれた頃、すでにスターとして脚光や賛辞と同じくらい、若しくはそれ以上の誹謗中傷もいやというほど浴びていた彼女。
自分を傷つけようとするものと毅然と戦いながらも、ユーモアをまじえることができる余裕の受け答え。
とてもかっこよくてステキです^^


マイケルもイギリスのタブロイドから端を発した、Jacko(ジャッコ)という彼を侮蔑した名前で呼ばれることを嫌っていましたから、決して「リズ」などと呼ばずに、彼女には最上級の敬意をもって、いつもいつもエリザベス、もしくはエリザベス・テイラーとフルネームできちんと呼んでいます。


1993年オプラ・ウィンフリーショウで、特別ゲストとしてインタビューの途中からエリザベスが登場した時も、オプラは「リズ」と呼びかけましたが、マイケルは「Hi, Elizabeth」と挨拶をしています。
この時、それまで自分が座っていた椅子を彼女に譲り、彼女が答えている間中ずっと傍で直立不動して、にやにやしてしまうのを一生懸命こらえているマイケルに萌えたGirlも多いでしょうね(笑)

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I've met a lot people in my life..and very few are real real real friends.
You could probably count 'em in one hand...
Elizabeth is one of the most loyal, loving, caring people that I know."
人生で沢山の人に逢ってきたけれど、本当の友人と呼べる人はごくごくわずかです。
おそらく片手で数えられるほどの・・。
エリザベスは、僕が知るなかで最も誠実で、愛情深く、思いやりのある人の1人です。


Elizabeth Taylor and I.. we’re like brother and sister, mother and son, lovers.. it’s a potpourri.. it’s something very special.
エリザベス・テイラーと僕・・僕らは姉弟のようで、親子のようで、恋人のようで・・ポプリのようにいろんな要素があるんだよ・・とても特別なんだ


Elizabeth Taylor is a warm cuddly blanket that I love to snuggle up to and cover myself with.
I can confide in her and trust her.
エリザベス・テイラーは僕を心地よく包んでくれるあったかくて抱きしめたくなるような毛布なんだ
彼女にならなんでも打ち明けられるしとても信頼しているよ


Elizabeth’s friendship is like the perfect jewels she owns..
indestructible and eternal.
エリザベスとの友情は彼女の持っている完璧な宝石のようなものです
それは簡単には決して壊れない永久に続くものなのです



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何をしても何を言っても悪い注目ばかりされるマイケルでしたから、ゆるぎない信頼という絆で結ばれているエリザベスとの関係を世間からは面白おかしく、あるいは悪意を持ってへんな憶測ばかりされてきましたが、彼女が度重なる心臓手術の末、とうとう神の元へ召された時。

こんな絵が、カリフォルニアのSanta Barbara News-Pressの3月24日付けに掲載されました


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宝石が大好きだった彼女の手が
わたしたちにとっては忘れるはずのないきらきらと輝くグローブの手と
まさに手をつなごうとして・・

これを見て世界中の誰もが、偉大なハリウッドの申し子のような女優と、今世紀最高にしてもう二度と現れることのない不出世の偉大なアートの申し子のようなエンターテイナーが、強い友情で結ばれた関係だった事を自然に思い出したことでしょう・・



でもわたしにはいまだにどうしても「今ふたりは再会して・・」みたいな言葉が書けません

ですからそのかわりエリザベスに感謝の言葉を書いて今日の記事を終わらせることにします





親愛なるElizabeth Taylor

マイケルの孤独も痛みも悲しみも何だって理解してくれてありがとう
エンターテイメントの素晴らしさも恐ろしさも、彼と一緒に分かちあってくれてありがとう
彼が陥れられ根も葉もない疑いをかけられ、身も心もずたずたになった時に駆けつけ支えて守ってくれてありがとう
彼に初めてのクリスマスをプレゼントしてくれて、そして一緒に祝う勇気も与えてくれてありがとう
自分を傷つけようとするものに決して負けない強さを彼に教えてくれてありがとう

あなたは誇り高いHollywood最後の偉大な映画女優でした
誰もあなたの真似など出来ないし、これからもあなたのような人はもう出てこない
誰かさんと同じ

You are ONE and ONLY.


そちらではもう胸も苦しくないし、足もよく動きますか?
ジェームズ・ディーンやロック・ハドソンにももうお会いになりましたか?



それとね・・Ms.Elizabeth


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彼は・・



彼は喜んでいる?


もしも喜んでいるなら


そばにいるなら



わたしたちのかわりに



彼を抱きしめて


ありがとうと・・



そして




いつまでも愛していますと




どうか・・伝えてください




Thank you so much, Elizabeth Taylor
May you rest in peace...

リズではなくエリザベスへ その1

ハリウッドにあるWalk of Fame

The Walk of Fame_Mickey
ミッキーの番地は6925Hollywood Blvd

The Walk of Fame_MJ
マイケルのは6927Hollywood Blvd

結構近いw
きっと彼は喜んだに違いない^^


マイケルは譜面のおたまじゃくしとにらめっこしながら曲を作る人ではありませんでしたし、若い頃から神様がすでに完璧な状態の音楽を自分のひざに落としてくれるから、自分はただそれを具現化するだけなのだと話していましたよね。
具体的には神によってもたらされるメロディを自分で口ずさんだものを録音していく方法(あとからしかるべき人が譜面におこす)でしたが、専門家に言わせると、彼の曲の中には緻密な計算に基づいて作ったとしか思えないようなコード進行があったりするらしく、それらを譜面に向かわずに生み出せるという事が天才たるゆえんなのだと聞いたことがあります。

そんな風に生み出される彼の曲の中で「ディズニーエッセンス」みたいなのもの、ディズニーのミュージカル曲を思い起こさせるような曲が何曲かあるのですが、おそらくわたしだけではなく多くの人が同じように感じていると思いますけれど。

わたしにとってそれの代表曲は「CHILDHOOD」です。

Childhood (Theme From Free Willy 2) (with Lyrics)


この曲自体は彼の失われた子供時代がテーマとなったものですから、切なくてついつい涙があふれてしまうのですけれど、曲全体は最初から最後までひたすらに美しい曲ですよね。

斬新なビートやリズムよりも優先される美しい旋律。
起伏のあるドラマティックな展開。
奇をてらわない心地よい構成。


その次に思い浮かぶ曲が実はこれなのです。
彼の大好きな大好きな、一番の理解者であり生涯の親友であり同志でもある人に捧げた曲

「Elizabeth, I love you」

マイケルの初めてのわが子プリンスくんが生まれて2日後の1997年2月16日。
エリザベス・テイラーの生誕65周年祝賀会に彼女のエスコート役として出席します。

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会場であるパンテージ・シアターは、マイケルのWalk of FameがあるHollywood Blvd沿いにあって、1995年にSF「You Are Not Alone」の撮影でも使われたホールです。
最近では「Hollywood Tonight」のミュージックヴィデオ(あれはもうショートフィルムとは呼べないから・・)がこのホール前で撮影されましたよね。

この日マイケルはエスコートだけではなく彼女のために作った曲を捧げました。
商用としてリリースなどしない、エリザベス一人に捧げるために彼女へのありったけの愛情を紡いで作られた歌・・

最後に彼女とハグをしながらマイケルが「I love you more」と言うのをどうぞ聞き逃さない様に^^


Elizabeth, I love you



Elizabeth, I love you
You're every star that shines in the world to me
Elizabeth can't you see that it's true

エリザベス 大好きだよ
僕にとってあなたは世界をその輝きで照らす星
エリザベス 本当だよわかってくれるよね

Remember the time when I was alone
You stood by my side and said:
"Let's be strong"
You did all these tings That only a true friend can do

僕が孤独だった時を思い出す
あなたは僕のそばで言ってくれたね
「一緒に強くなりましょう」って
あなたは本当の友達だけができることを全部してくれた

Elizabeth, I love you
The world knows your work now
Of all the things on earth now
I pray one day I'll be just like... you.

エリザベス 大好きだよ
今世界中が、今この地球上の全てのものがあなたの成し遂げたことを知っている
僕は祈るよ、いつかあなたのようになれますようにって・・



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自分の孤独も痛みも悲しみも何だって理解してくれたひと
エンターテイメントの素晴らしさも恐ろしさも一緒に分かちあえた人
陥れられ根も葉もない疑いをかけられ身も心もずたずたになった時に駆けつけ支えて守ってくれたひと
初めてのクリスマスをプレゼントしてくれて一緒に祝う勇気をくれたひと
自分を傷つけようとするものに決して負けない強さを教えてくれたひと


エリザベスへの絶対的な信頼と愛情をストレートに歌い上げる美しいメロディ。
ディズニーミュージカルのような曲調は、もう奇をてらわない、新しい試みもなにもない、素直に純粋にただただまっすぐに、それはマイケルの彼女への小細工など一切ない正直な想いを投影するかのようです。


とはいえ、エンターテイメント界の大先輩でもあるエリザベスに見せるからには、彼女に「やるわね」とうならせる演出をする冷静さも忘れていないところがさすがKing^^
このまま何かのミュージカル曲にしても問題ないクオリティですよね。

これよりさかのぼる事7年前、やはり心から尊敬し憧れた、すぐれた黒人エンターテイナーの草分け的存在だったSammy Davis Jr.の芸能生活60年を祝うステージで、やはりこのとき1回だけ、サミーに捧げる為だけに作られた「You Were There(あなたがいたから)」過去記事はこちら
この曲も、やはり美しく心が洗われるようなメロディです。

Sammy Davis Jr. 60th Anniversary TV Special


その人への気持ちを込めながら、その人へ想いをはせていると、インスピレーションと共に頭に浮かび上がるメロディは、結局は単純に純粋に心地のよい安心感のある美しい旋律となるのでしょうね。


エリザベス・テイラーはわたしが物心ついた頃はハリウッドを代表する大スターでしたけれど、すでに頂点を登りつめ、映画女優というより恋多きかつての大女優と言うイメージしかなかったのも事実です。
マイケルが歌った歌詞があらわしているように、メディアは彼女の素晴らしい演技力の行方よりも彼女の恋の行方ばかり追いかけ、今で言うところの「お騒がせセレブ」という扱いであったようです。

彼女も9歳の頃にはその美貌でチャイルドスターとして多くの銀幕を飾っていました。
殺人的な撮影スケジュールのため、普通の学校に通う事はもはや許されず、MGM撮影所の中の学校で最低限の知識を学び、あとはすべて大人の勝手な都合で決められたスケジュールの中で働き、厳格な父親からの虐待や撮影の都合で生じた昼夜逆転の生活に順応させるための睡眠薬の乱用など、およそ子供らしく過ごす事等できない過酷なストレスのかかった状態で大人になった人でした。


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アルコールに逃げ薬物に頼った経験を持ち、だけれどもそれらを見事に克服した強い精神力をも持っていた人だったからこそ、93年にマイケルを支えてあげることができたのでしょう。

都合のいいときだけ持ち上げ、少しでも価値がなくなったとみるや手のひらを返すように攻撃にまわるメディアをジョークで煙に巻き、決して弱さを見せずに、時としておおいに利用するという、ハリウッドと言う魅力あふれる魔境で幼い時から培ってきた強いバイタリティがあったからこそ、マイケルにも「一緒に強くなりましょう」と励ますことが出来たのでしょう。

彼女の代表作品のひとつ、映画「ジャイアンツ」で共演したロック・ハドソンがエイズを発症し、同性愛者であることを公にした時、セレブとして初めてハドソンやエイズ患者を支援するために声を上げ、エイズ研究のための基金を設立し、英国王室からデイムの称号を与えられたほどの人道主義者であったからこそ、マイケルの子供を守るための活動が誤解を招く事を何よりも悲しみ、常に彼への擁護を先頭に立って毅然と行うことが出来たのでしょう。

そんな彼女のそばにいたマイケルが「いつかあなたみたいになれるよう祈るよ」と歌った言葉は、彼の心の底からの本心で、彼女の強さやしたたかさや聖母のような優しさすべてが、彼にとって必要だったのかもしれません。

Elizabeth is like a mother.. & more than that.
She’s a friend.
She’s Mother Teresa, Princess Diana, the Queen of England & Wendy.
エリザベスは母親のような・・それ以上だね
友達であり、僕にとってはマザーテレサ、プリンセスダイアナ、イギリス女王、そしてピーターパンのウェンディでもあるんだよ


We have great picnics.
It’s so wonderful to be with her.
I can really relax with her, because we’ve lived the same life and experienced the same thing.
僕たちはとても楽しんでいるよ。
彼女といると本当に素晴らしいんだ。
彼女とは心からリラックスできる・・僕たちは同じような経験をし、同じような人生を送ってきたからね




長くなりました。

続きます。

アルバム「MICHAEL」に携わった人々とHis message(2)

前回の続きです。

お待ちかねのマイケルのメッセージです。
Neff-Uがメッセージの説明をしてくれています。



Neff-U: 僕はピアノのところに居て彼はブースに居て、そのとき彼は感情が溢れてきたみたいで、世界に対してどう感じているのかを語り始めたんだ。

"It's like..when..when.. a Mother sends her child off to war they don't know if they're ever gonna come back..you know.
How can we look at such things happening and not...you know..wanna do something.
How can we turn our heads and pretend as if we don't see it...you know.
I can't see people in pain or pretend as if it's not there..."

それは、また家に無事に戻ってこれるかどうかもわからない戦争に、自分の子供を送り出さなければならないお母さんが居る世界・・わかるかな・・
同じ地球上で起きているこうしたことに僕達はどう目を向けるのか、それとも・・・わかってくれるよね・・僕は行動を起こしたいんだ。
どうしたら見てみぬふりから考え方を変えていけるのか・・痛みを抱えている人たちを放ってはおけないんだ・・わかるよね
何も起きていないような態度を取ることなんて僕にはできないよ・・


Neff-U: 彼に嘘はなかったよ。助けを必要とする人には手を差し伸べて、出来る限りの手助けをしようとしていた。チャリティーやいくつもの団体への寄付活動を見ればわかるよね・・

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Neff-Uは番組内のインタビューでもわかるとおり、マイケルがビージーズのバリー・ギブと2002年12月、「All In Your Name」のデモ・セッションをしているスタジオ(Middle Ear Studioはバリーの持つスタジオでマイアミにあります。)で彼らと一緒に仕事をしています。
この曲はバリーとの共作で、アメリカのイラク侵攻に抗議して書いたといわれています。

911の悲劇が起こってすぐの2001年9月16日には、早くも犠牲者や遺族救済の目的で収益金を全て寄付するチャリティソング製作のため多くのアーティストに呼びかけを行ったマイケル。
10月21日には、30THライブで競演をしたばかりのインシンクをはじめ、マライア・キャリー、カルロス・サンタナ、セリーヌ・ディオンら25組以上のアーティストが参加する大規模なチャリティーライブを行います。もちろんその収益も全てテロの犠牲者、遺族に寄付されました。
そのエンディングで歌われたのが、What More Can I Giveでした。
当時アメリカでは、卑怯なテロに屈さずに立ち上がる強いアメリカを多くの国民が欲する気運に満ち満ちていたように、日本にいるわたしでも感じたぐらいですから、ある意味この曲の持つメッセージは物足りないと思う人もいたかもしれません。
犠牲になった愛する家族や友人や知り合い・・そんな人たちのために、彼らの死を無駄にしないために、そして自由の国アメリカのために、テロリズムと言う悪を全て根絶やしにすることこそ正義。
そういった正義感、愛国心、忠誠心を鼓舞する歌ではありませんでしたから。

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How many times can we turn our heads
And pretend we cannot see
Healing the wounds of our broken earth
We are one global family
僕らは何度顔を背け
見て見ぬふりをするのだろう?
壊れた地球の傷を癒さねばならない
僕らは一つの、世界の家族なのに

Brother to brother, lay down our fears and reach out and make a pact
Show him the love that is in our hearts, let us bring salvation back
Just sending your love has the power to heal
So let's all give
兄弟たちよ、恐れを捨てて、手を伸ばし、仲間になろう
相手に心の内に秘めた愛を示し、救いの道を取り戻そう
愛を送ることが、癒す力になる
だから、みんなでそうしよう

Say the words, I'll lay 'em down for you
Just call my name, I am your friend
See then why do they keep teaching us
Such hate and cruelty
We should give over and over again
その言葉を言ってくれれば、僕は武器を捨てる
僕の名前を呼べば、僕は君の友人だ
なのに何故僕らは、
憎悪と残酷の教訓を受け続けるのか?
僕らはもっともっと努力しないと


What More Can I Give:written by Michael Jackson(訳:大西恒樹さん・マイケルの遺した言葉より抜粋)


この曲自体は1999年にはすでに完成していたようですが、詩の内容はまさにタイムリー。
アメリカは表向きアルカイダへの報復としてアフガニスタン紛争へと、そして2002年初頭にはイラクをテロの根源とする悪の枢軸として名指しし、前面戦争への準備を着々と推し進めていくのです。
そんな風に、「正義」という名の下、戦争に次第に駆り立てられてゆく人々に、マイケルは早い段階から「敵味方である前に僕らは家族なんだ」「武器を捨て暴力ではなく愛を与え合わなければ」という、テロに対する報復は憎しみの連鎖を引き起こすだけだという事を訴えたのです。
もちろんそれよりもずっと前から、面子や権力争いの戦いでは、結局犠牲になるのは子供たち、いわゆる普通の人々で、結果何も解決せずただ憎しみの連鎖が続くだけだということを訴え、戦争の愚かさと愛の尊さを曲やライブ演出に込めて贈り続けてきたマイケルにとっては、この歌をこの時期に歌う事に躊躇などなかったのでしょう。
そしてそれはマイケルだけではなく、アメリカのテロ報復攻撃に危惧を抱いたからこそ、この曲のレコーディングやライブへ多くのアーティスト達が参加したのでしょう。


この思いは翌年の彼のスピーチにも表れていると思います。

2002年6月14日、イギリスのエクセターフットボール(サッカー)クラブ主催のチャリティイベントでのスピーチから抜粋

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Sadly, sadly, we live in a state of fear.
Everyday we hear of war on the news, on the radio and television and the newspapers, always of war.
We hear of nations hurting each other, of neighbours hurting each other, of families hurting each other and the children killing each other.
We must learn to live and love each other before its too late.
We have to stop!
We have to stop the prejudice, we have to stop the hating,
we have to stop living in fear of our own neighbours.

悲しいことに・・悲しいことに、僕達は不安な状態で生活しています。
毎日、戦争のニュースが聞こえてきます。ラジオでもデレビでも新聞でも、常に戦争のことなのです。
互いに傷つけあう国同士のニュースが聞こえます・・傷つけあう隣人同士、傷つけあう家族たち、殺しあう子どもたち・・。
僕たちは、愛しあって生きることを手遅れになる前に学ばねばなりません。
もう止めなければ!
僕たちは、偏見で人を見ることを止めなければなりません。人を憎むことなど止めなければ。
自分の隣人にまで恐れを感じて暮らすようなことは止めなければならないのです。


2002年11月21日、ドイツのベルリンで開かれたBambi Award in 2002でマイケルはPop artist of the Millenium賞を受賞しました。彼が「まいったな」と言いながら初めてリーディンググラスを恥ずかしそうにかけた記念的(w)な場面ですから皆さんよくご存知ですよね^^
その時のスピーチから戦争についての言葉を抜粋します。

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September 11 has changed our world.
Not long ago the Berlin walls came down. But recently new walls have been built.
In 1989, people in Germany said " Wir sind ein Volk" (=we are one nation in German)
We are Germans, we are Armenians, French, Italian, Russian, American, Asian, African....many other nationalities.
We are Christians, Jewish, Muslim and Hindu.
We are black, we are white.
We are a community of so many differences, so complex and yet so simple.
WE DO NOT NEED TO HAVE A WAR!!

911は僕たちの世界を変えてしまいました。
ベルリンの壁が壊されたのはそれほど昔ではありません。しかし、最近新しい壁が建設されてしまっています。
1989年にドイツの人々は言いました。「私たちは一つのドイツ国民だ!」と。
僕たちはドイツ人であり、アルメニア人であり、フランス人、イタリア人、ロシア人、アメリカ人、アジア人、アフリカ人・・・さまざまな国民性があります。
僕たちはキリスト教徒で、ユダヤ教徒で、イスラム教徒、ヒンズー教徒です。
僕たちは黒人であり、白人です。
僕たちはさまざまな違いを持つコミュニティなのです、それはとても複雑で、でもとてもシンプルなのです。
僕たちはもう戦争を必要としないのです



イラクへの戦争の気運が高まるこの時期、大勢の人前で話す機会があるごとにこうして反戦を訴えていたマイケル。
そんな彼が長年の友人であるバリー・ギブと共にイラク侵攻の回避を願い抗議の意味を込めた曲作りをすることは自然な事に思われるのです。
二人のセッションはこの年の夏ごろから始まっていたようです。

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この曲の歌詞に具体的な戦争への言及はなされていません。
One family of love とかgiving, not the taking、They're the sameといったマイケルらしい言葉たち・・
ですが、1箇所だけ「war」を見つけました。

where is the peace
We're searching for under the shadows of war
Can we hold out, and stand up, and say no
平和はいったいどこに?
僕らは戦争の影の下でずっと探してる
僕らは抵抗する事ができるんだ、立ち上がって「NO」と言うことも!


歌の歌詞を訳すのは上級センスと確かな語学力が要りますので、いつかきちんとした和訳が上がる事を祈ります。(挫折ですw)

※「All In Your Name」のLyricsはこちらでどうぞ
もうご存知の通りバリーの公式HPで公開されていますよね。
バリーの息子さんがホームビデオで録ってくれたおかげでマイケルの様子を見ることが出来て本当に嬉しいです。
マイケルとバリーの関係、マイケルがビージーズから受けた影響なんかもいずれ記事で掘り下げてみたいと思っています。



そういった背景を考えてみると、冒頭のマイケルがNeff-Uに語った言葉が録音されたのは、この曲をバリーと共に製作していたスタジオでかな・・と思ったりしました。
ただNeff-Uは2006年、マイケルがアイルランドの自然の中で過ごしながら曲作りを再開させた時もスタジオを訪れて一緒に過ごしています。(マイケルがドラムを叩いて一緒にBellie JeanをPLAYしたのだとか!きゃー^^)

その時でなくとも2005年以降だとしたら、あのような苦しい経験をしてもなお彼の目は他者に向けられ、他者の為にできる事を探して・・音楽を通じてそれを成そうとし・・
そうして変わらぬ思いを持ち続け、ようやく機が熟した時がTIIであったのでしょうか。

どちらにしてもこの彼の姿勢は、ずっとずっと彼が若い頃から今に至るまで全く変わらず、常に使命のようにあらゆる問題から目を背けず、人知れず心を痛め、声なき声に耳を傾け、いつでも手をさし伸ばし、そして自分のことよりも他者を常に思いやり、寄り添うように喜びを与え続けてきてくれた彼のその信念が、ぶれることなく終始一貫していたことに、いまさらながら驚きを隠せませんし、わたしたちがマイケルをただアーティストとして好きなだけではなく、ひとりの人間として尊敬せずにはいられない大きな理由です。
時として彼のその、並の人間には真似できないほど深すぎる慈悲の想いや行動が、やはり悲しいことに並の人間には理解できないスケールだったがために、彼の本意からは大きく外れ、捻じ曲げられた報道となってしまいましたよね・・

それが悔しいという言葉では表せないほど悔しくてたまらないわけです・・

だからこそ彼のメッセージを受け止めて大切に胸に刻んで、できれば自分を見失うような時、いつも思い出して自分なりの正しい道を歩いていけるように努力したいと思います。
それはさながら漆黒の夜の海の波間に漂い、方向もわからず途方にくれた時に、進むべき道を照らしてくれる灯台の優しいけれど強い光のように。

どこまでも美しい心を持ち続けた彼を大好きだと言える事が、これほどまでに誇らしくこれほどまでに豊穣な喜びを与えてくれるアーティストは、やはりこの人以外にはいないと心の底から想うのです。



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いつまでたってもあなたには教えられることがいっぱい

あなたの元へ戻ってこれて幸せ

あのまま離れたままだったら


こんな豊かな想いと優しい気持ちと心の底から感じる喜びに出会えないままだった




ありがとう

マイケル



アルバム「MICHAEL」に携わった人々とHis message(1)

「MICHAEL: The Making of the Album」

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これは今年の3月にアメリカで放送された、アルバムMICHAELに関わったアーティスト、プロデューサーたちのそれぞれ関わった曲とマイケルへの想いが語られた番組です。

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残念ながら日本での放送はいまだなされていないようで、動画も日本語字幕がありませんからいつものようにトランススクリプトもなく、ヒアリングが絶望的なわたしにはお手上げだったのですが、どうしても内容が知りたくて、このブログを通して知り合ったMJクラスタの英語堪能なお友達、Mちゃんに無理を言ってスクリプトを起こしてもらい、更には訳していただきました。
おかげで彼らの話す内容がよくわかり、同時にいかに彼らがマイケルをリスペクトし、マイケルの曲に携わる事が幸せだという彼らのマイケルへの想いも伝わってきました。

番組ではアルバムの曲がランダムで紹介され、話すアーティストもそこここで細切れに話す感じなのですが、動画を見ながらだいたいの内容がわかるようにと、Mちゃんがそれぞれの登場人物の話をまとめて和訳してくれましたので、ここでシェアさせていただくことにしました。
(Mちゃんはマイケルスピリットあふれる様々な活動もしているとてもステキな女性です。
彼女のブログはこちら。Mちゃん本当にありがとう^^)


特筆すべきは、動画の18分を過ぎたあたり、ちょうどNeff-Uがマイケルとの思い出を語るシーンで、時期は定かではないのですが、マイケルが彼とレコーディングスタジオにいた時に録られたものだと思われるマイケル本人声でメッセージを聞くことが出来るんですね!^^

これもMちゃんがヒアリングの後、書き起こして訳してくれました!
マイケルのいつものあの優しい声で静かに語られるメッセージ・・
何があってもぶれないマイケルの信念とも言えるメッセージです。
これだけは何としてもここに記録して、シェアしたかったので本当にMちゃんには感謝感謝です^^


では順を追ってご紹介していきますね^^


MICHAEL: The Making of the Album



■50 Cent

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覚えていないくらい小さい頃からずっとファンだ。ビリージーンの黒のジャケットとピンクのシャツにはやられたよ!彼のキャリアは誰とも比べられないよ。

なかなかマイケルに直接会える機会は巡ってこなかった。
でもあるとき僕のDJがマイケルと会う機会があって、彼が僕と仕事をしたがっていて曲を一緒に作りたいと話しているからと電話でマイケルと話したよ。「もちろん、よろこんで」って答えたよ。
そしたらすごく緊張してきて。いつも他のアーティストと仕事をするときは全然緊張なんてしないんだ。
でもマイケルは特別で他のアーティストとは違うから。うまく説明はできないんだけど。

Monsterは2010年バージョンのスリラーだ!
マイケルの電話の後、一度落ち着いて改めて考えて彼に「一緒に仕事をさせて欲しい」って電話したんだ。
僕にとっては本当に素晴らしい機会だった。
マイケルジャクソンと一緒に仕事をして(注:実際に会ったと言う訳ではない)
スタジオにはテディ・ライリーがいて。音楽を聞いた瞬間、すごく興奮したよ。
お互いに凄くのってきて、彼が途中で止める?と聞いてくるんだけど、このまま続けたいって答えていたよ。
彼との仕事をするともっともっとと思わせるんだ。過去に聞いたことのないサウンドだ。

このアルバムはとても特別なものだよ。間違いなくマイケルジャクソンコレクションの一つになるんじゃないかな。永久に語り継がれる芸術の一つだと思うよ。


■Teddy Riley

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5歳で学校に行き始めた頃、ジャクソン5というアニメをやっていたんだ。あのときからずっと彼のファンさ。

初めてマイケルに会ったのは1991年だ。はじめて会ったのにずっと昔から知っているような感じだったよ。
彼はGUY(Teddyのグループ)の最初のアルバムから知っていたよ。
僕の音楽のビートや独特のリズムを気に入ってくれていて「こういう風にやってもらえるかな」って僕に聞いてきたんだ。「同じようにとはいかないけど、もっといいものを作るよ」って答えたよ。
彼との仕事で一番ナーバスになった瞬間は、僕が曲をかけていて5番目の曲になったとき、マイケルが「止めて」って言ったんだ。僕は「やばい!くびになる」って思ったんだけど、彼は「すごいよ!」ってわかるかな。
彼がアルバムをチェックする時のあの感じだ。そうして僕の曲の6・7曲がデンジャラスのアルバムに収められたよ。

僕はマイケルと仕事をするのが本当に大好きだ。僕の可能性を引き出してくれるんだ。
マイケルはプロジェクトの終わりにはいつも僕に「もし上手く行かないようだったら、上手くいくように何でも手伝うよ」って言うんだ。
「君が何をしても僕が最後は笑顔で仕上げるよ」って。
だからこのプロジェクト(MICHAEL)も同じなんだ。僕達は家族同然だし、僕はいい音楽をつくる為にいつもベストを尽くしたい。そう、パズルの一片でありたい。

Hold my handはアルバムの中でお気に入りの曲の一つだよ。彼は一度その曲が気に入るとそこから離れようとしないんだ。

彼はいつも静かに子供達と一緒に楽しく過ごしたがっていたよ。カシオのスタジオはすごく素敵なスタジオだったよ。いい音楽を作ることに集中できるような素晴らしい環境だよ。

(monsterについて)これはパパラッチのことを歌ってるんだ。どこでも出てくる彼らのカメラはモンスターみたいだってね。彼は構想の段階からこの曲は50centと一緒にやりたいって言っていたんだ。50centはスタジオに来て音楽を聞くまで何で自分が選ばれたのかわかっていなかった。聞いたとたん「すごいな」ってビックリしてた。レコーディングの途中で、50centが、ここは自分じゃないマイケルだって言うんだ、それで代わってみたら・・まいったよ!

曲に関して彼がどう感じているのかわからないんだ。だって彼はいつもゆったりとしているから。

Keep your head upは僕にとってとても特別な曲だよ。

Breaking newsを初めて聞いたとき、これは人の心をつかむって確信したよ。

Hollywood tonightのブリッジでは、彼女の夢が叶うんだ。

このアルバムはとても神聖な素晴らしいものになると思う。聞いた人が神聖な気持ちになるような。
全てはマイケルのためだ。他の誰でもない。他の誰にもまねできない。


■Akon

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初めて心を動かされたアルバムはスリラーだ。本当に素晴らしいよ。みんなが彼のキャリアに続いたよ。
彼を目標として、あのレベルに到達できるように。

道を歩いていた時に友達がマイケルが俺を探しているって話を聞いたんだ。黙れ!ってそのときは言ったんだけど、そのあとマイケルから電話がかかってきて一緒にコラボしてアルバムを作らないかって話になって、それからは本当に楽しかったよ。(満面の笑み)
ある日マイケルから電話がかかってきて「エイコン、これは素晴らしい曲になるよ」「世界中にこれを発表しよう」「ほんとうに素晴らしいよ」ってしきりに言うんだ。
僕は何もわからないまま何も言わずマイケルがずっと話していて、それから曲を聴いて「信じられない。素晴らしいよ」って話して。電話中はほかの事なんてもうどうでもいいよ。だってマイケルジャクソンと電話で話をしているんだから!

(hold my handについて)彼は僕をラスベガスに招待してくれて「メロディーがすごく気に入ったよ。一緒に完成させよう。きっと素晴らしいものになるよ。どう思う?」って聞くんだ。
「yeh!やろう」っていう具合いさ。僕達はいつもどういうリズムにするか、どんな感じの曲に仕上げるかを話し合ったよ。世界にどういう影響を与えるのか。どういう印象を与えるのか。そこで、僕はhold my handを自分でレコーディングしてみたんだ。そして、マイケルに聞いてみてって言ったんだ。
僕は必ず素晴らしいものになるって確信していて、マイケルも凄く喜んでくれて、僕は「その顔を見るために聞かせたかったんだ」って言ったよ。
レコーディングはすごく時間がかかることが多いけどhold my handのレコーディングは1時間で終わったよ。
あっという間だった。幸運なことに僕たちが使ったスタジオは本当に素晴らしい機材が全て揃っていて、その環境の中でMJと僕は作業をすることができた。
彼は何でも初めてのことをすることが好きだった。
誰も聴いたことがない見たことがない初めてのものに彼はなりたがった。
いま皆それを体感するんじゃないかな。僕達はこの作品を極秘に進めたかったから、特に彼がね。
だから、レコーディングが終わったら家で続きをやろうということになった。

(最後に)寂しいよ。でも悲しみよりも幸せのほうが大きいよ。彼はいつでも僕達の側に居る。
いつでもどの世代でも楽しめるものを残してくれたんだ。


■Eddie Cascio

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小さい頃にスリラーのPVを見て怖かったのを覚えているよ。あのセンセーション、彼は魔法だよ。本当に魔法のような人だった。
初めて彼にあったときは3歳だった。ニューヨークのヘムズレイパレスホテルでマネージャーをしていた父がマイケルと親しくなって、すごくびっくりしたよ。だって彼はすごく有名人だから。11歳か12歳くらいの時だったかな。
僕は音楽が好きですごくたくさんの曲を知っていて、そしたらマイケルが「自分の曲を書いてみたら?」って言ってくれて、それから書き始めたんだ。
彼がもっとクリエイティブな作品が作れるようにいつも方向性を示してくれていたよ。

ここがマイケルがレコーディングをしたフランクリンロードの僕の家だよ。
彼は1年ぐらいここで過ごしたかな。とても快適だったみたいだよ。家族と過ごして、子供たちも自分の家のように遊んで、料理をしたりして、とても幸せそうだったよ。
このスタジオで音楽についてマイケルとずっと話していたよ。どういう音楽を作りたいとか、何をやりたいとか、話したことは全て現実となっていったよ。
2007年10月彼がこのスタジオに子供達と一緒に来て3ヶ月を過ごした。

ここがマイケルがレコーディングしたスタジオだ。彼はここで睡眠もとっていたよ。
信じられないかも知れないけど、この隅っこにベッド置いて彼は寝ていたよ。

夢が叶った瞬間だった。1年もの間、彼やテディ・ライリー、クインシー・ジョーンズのような他の素晴らしいプロヂューサーたちの仕事を側で見ることが出来た。本当に夢のようだったよ。

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ここがシャワーだよ。この中にベンチを置いて座れるよにしてレコーディングしたこともあったよ。
マイケルがそうしようって言ったんだ。
(スタッフ:マイケルはここでシャワーも浴びたの?)そうだね。ここでシャワーも浴びていたね。

(monsterについて)あんな素晴らしい仕事は初めてだよ。Monsterはすごくエネルギッシュな曲だよね。踊りたくなるような。

(keep your head upについて)希望に溢れていて現代のkeep the faithみたいだ。
彼は環境問題にとても関心を持っていると話してくれたよ。温暖化や特に地球を救う為にはもう時間が限られているんだと話していたよ。

Breaking newsはマイケル自身の話だよ。パパラッチがどこにでもいて彼が何をしてもいつも側で見ている。

僕達は凄く親しくていつも彼の声を聞いていた。いまは彼がここには居ないという事実がとても辛いよ・・
ほんとうに辛い・・

※ファンの評判はやはり否定的なものが多いカシオですが、マイケルからかわいがられ信頼が厚かったのは事実です。
2009年7月のステープルズセンターでのメモリアルで配布されたパンフレットに、カシオはマイケルが心を許した人にしか呼ばせなかった'DooDoo'という彼の名前で呼びかける形で(DooDooに関する過去記事はこちらこちら
「Doo Doo, It is only once in a lifetime where you meet a true Angel sent from the Heavens above.
DooDoo、天国から遣わされた本当の天使に会えるのは生涯で一度だけだね」
という書き出しでメッセージを残しています。


■Lenny Kravitz

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5歳の頃からずっとマイケルのファンだ。I want you backとかABCの頃の素晴らしいシングルをブルックリンのおばあちゃんの家でいつもレコードをかけてって言ってたよ。あの頃から俺はミュージシャンになるんだって決めてたよ!
僕達は、たくさん話して笑って食べて、俺の子供が居て彼の子供が居て、みんな本当の家族みたいだった。
あれからたくさんの人たちと仕事をしてきたけど、彼と一緒に仕事をしたときの情熱や経験は今でもわすれられないよ。

マイケルとAnother dayを一緒にやろうよと電話で話したすぐ翌日に彼がスタジオに来ることはわかっていたよ。
曲全体が美しく、でも切なくて、特に始めの歌詞はね。曲ができてから彼がこれはロック過ぎるから今回のアルバム(INVINCIBLE)には入れない。次のアルバムに入れるよって言ったんだ。よりパンチがあるようにドラムやシンセサイザーの音を強く入れたからね。
アルバムに入らなくても俺は満足してたよ。すごくパワフルで素晴らしい曲に仕上がっていたからね。

彼のファンがこのアルバムを聞くことで、みんな彼の純粋さと強さを知ることになるんじゃないかな。


■Neff-U

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僕は教会で育ったから、オフザウォールもスリラーもバッドもずっと知らなかったよ。
ずいぶん大きくなってからスケートリンクに行ったときに曲がかかっていて、その時初めてアウ!とかパウ!とかあのリズムを聞いて衝撃を受けたんだ。とりこになったよ。でも誰が歌っているのかわからなくて、ずっと探し続けて、大学生になった頃かな、それを歌っていたのはマイケルジャクソンだってわかったんだ!

スタジオに居たときに電話がかかってきたんだ。
(ここからはものまねで)「ハロー、ネフユー?あってる?」「そうですが」「マイケルだよ」「OH!」って感じで。
マイケルは「世界を変えるような音楽を作ろう。みんなが踊りたくなって、幸せになるような。君の音楽を聴くのが楽しみだよ」って言うんだ。とてもシンプルだったよ。
僕は、OK!マイケルジャクソンが電話してきたんだ!って感じさ。

彼は僕をマイアミのバリー・ギブのスタジオに呼び寄せたんだ。スタジオに行ったら、バリーギブとマイケルが何種類ものブリッジを僕に聞かせるんだ。「こうはどうかな」「そうじゃない、これはどうかな」って2人の天才がブリッジをどうしようっていつまでもやっているんだ。(注:これが「All In Your Name」だと思われます)

マイケルは僕に「メロディーは古代からあるんだよ。全ての始まりからメロディーはそこにあった」と話してくれた。そして天に対して心をひらくということも。心を天にひらけば自然とメロディーは生まれてくると教えてくれたよ。信じて耳を傾ける限り、天は僕に話しかけてくれるし、僕の口からはメロディーが生まれてくるって。

(Hollywood Tonightについて)これは彼がこの曲のイメージやどうしたいかが手書きで書いてある紙だ。
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(Do smooth, muted, bass on"Hollywood"."Hollywood"は、なめらかな抑えたベースで)

Hollywood tonightはハリウッドを目指す女の子の苦悩が描かれている。

I like the way you love meは、マイケルが僕に持ってきた曲だ。これを一緒に作ろうって。
彼が気に入るために何年もかかったよ。あまり重い感じではなく軽い感じにしたかったみたいだ。
みんな僕にプロデュースをして欲しいとか大きな仕事の話を持ちかけるけど、僕はシンプルにストレートで居たいんだって話していたよ。

(Best of Joyについて)Best of joyは僕たちが曲から完成させなければいけなかったものの一つだ。
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彼が亡くなったあと、この曲を出して彼のビジョンを完成させようとしたんだ。彼が最後に仕事をしたプロデューサーに会って彼の意思や目指すサウンドを理解して近づけようとしたよ。

(アルバムについて)彼を好きな人々の手に渡ることが嬉しいよ。彼は僕の友達だったよ。彼が亡くなった後もみんなが彼に敬意を表している。ほんとうに素晴らしいよ。


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長くなりました・・
マイケルのメッセージはー?という非難轟々が聞こえそうですが(苦笑)続きます^^



The reason I love his dance.

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「なんかかっこいいでしょ?こんなのあんた好きそうだからさぁ」
そう言って結婚祝いに友人から贈られたこの絵はうちのリビングの正面の壁に飾ってあるものです。

COME BACK DANSING!1950
1950年代のダンスよ、もう一度!

うん、好き好き^^
アメリカのモノクロムービーに出てきそうな感じでいいわぁ、ありがとう♪

ぐらいしか感想はなくて、でも部屋の雰囲気がたいそうよくなるので目立つ場所に飾って、その後何年も何年も特別どうということなくすっかり空気のような存在になっていったこの絵。

ある日デパートの催事場で行われていた展示会。
何気に覗いたわたしの目に飛び込んできたリビングの絵と同じ写真。
そこではじめてその絵がフレッド・アステアの1953年主演のミュージカル映画「The Band Wagon」でのダンスナンバー「The Girl Hunt Ballet」の1シーンだったということがわかったのでした。
Fred Astaire and Cyd Charisse


Fred Astaire

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言わずと知れたマイケルが尊敬していたHEROのうちのお一人。
この「The Girl Hunt Ballet」がマイケルの「Smooth Criminal」はもちろん、彼のパフォーマンスやSFに多くの影響を及ぼしていることはご存知の方も多いでしょう。

The Band Wagon - Fred Astaire and Cyd Charisse



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まんまです^^

この動画の冒頭、ギャングの入店の動きもSmooth Criminalで見覚えありますし、アステアが入店する時の動きは「You Rock My World」のダンスムーブです。
この動きはSmooth Criminalのライブパフォーマンスでは振り付けにもなっていますし、店内で繰り広げられるギャングとの格闘ダンスシーンもSmooth Criminalを彷彿させる雰囲気ばかり。(てか元がこっちですけれどw)

You rock my world5

それだけではなくアステア作品の中の彼の動きを見ると、マイケルっぽい♪というのが沢山あるのですね。
アステアの1935年の映画「Top Hat」でのソロダンスシーンを見ると、彼はステッキを巧みに使って踊るのですが、途中ステッキを蹴り上げる足の動きが、クリス・タッカーが反対側の足でやってしまうマイケルのキックに見えたり、アステアがターンを何度かした後に前かがみで静止するポーズなんて、マイケルの有名な「Billie Jean」でのターンの後のつま先立ちで静止する動きのもとになっているんじゃないかと思うぐらい。

Fred Astaire Bojangles
ミュージカル「Swing Time(有頂天時代)」のアステアのシャドーダンス・・こんな演出見覚えありの人手を上げて^^


アステアはSmooth CriminalのSFを撮影時はまだ存命していましたが、その後4ヶ月ほどでこの世を去りました。
奇しくも憧れの人へのトリビュートはオマージュとなりました。

Michael Jackson & Fred Astaire: The Master & His Teacher





アステアのダンスの優美さといったら。
指先、足先にまできれいに神経が行き届いた動き。
静と動のコントラスト。
踊りの中の一つ一つのセグメントに、ギクシャクしたつなぎ目が一切感じられない一筆書きのようななめらかさ。
上体の軸がぶれないバランスのとれた軽い身のこなし。

まさにマイケルそのもの!

わたしがマイケルのダンスを見ていつもうっとりするのが、このしなやかな優美さです。
パフォーマンス中、どこを切り取られてもどの瞬間を撮られても、指先まで足先まで美しく優雅でしょう?
他のダンサーの、上手だけど、Powerは感じられるけれど、どことなく力だけで押すような筋肉だるまのダンスというか、力強いといえば聞こえがいいですけれど、力こぶぱんぱんでそれがかえって重さを感じる踊りよりも、重力など感じていないかのように、複雑なセグメントを難なくやってのけてしまう、まるで滑るようになめらかで品のあるマイケルのダンスは「芸術(Art)」を鑑賞しているのと同じ気持ちになるのですね。

マイケルは幼い頃からダンスを習ったことなど一切なく、まさに神様から贈られた天性の才能があったのだと思いますが、それだけではなくただただ憧れだったジェームズ・ブラウン(過去記事)のファンクステップを食い入るように見て真似たのと同時に、やはり大好きなアステアやサミー・デイビスJr(過去記事)のタップや所作も研究し練習し、そうやって彼らのエッセンスを自然に吸収していったのですね。

マイケルは若い時からずっと彼らに夢中だったとよく話しています。


■1987年BADツアーで来日中に受けたインタビュー
I've always love to dance.
When I was just real little I used to watch Sammy Davis, Fred Astaire, James Brown...and just dancing about the house.

いつだって僕はダンスが大好きだ。
ほんの小さい頃は、サミー・デイヴィス、フレッド・アステア、ジェームズ・ブラウンを見ては、とにかく家中で踊ってたんだよ。



■2001年 TV Guide インタビュー にて、若い世代から真似られることに関して聞かれて
I have no problem with them imitating [me].It's a compliment.
Everybody has to start out looking up to someome.
For me it was James Brown, Sammy Davis Jr., Jackie Wilson, Fred Astaire, Gene Kelly.

まねされることには何の問題もないよ。光栄だね。
だれでも誰かを尊敬することからスタートするものさ。
僕にとってはそれがジェームズ・ブラウン、サミー・デイビスJr、ジャッキー・ウィルソン、フレッド・アステア、ジーン・ケリーだったんだ。



■2002年 VIBE インタビュー
I'm crazy about Sammy Davis Jr., Charlie Chaplin, Fred Astaire, Gene Kelly, Bill “Bojangles” Robinson-the real entertainers, the real thing, not just gimmicks, showstoppers.

僕が夢中なのは、サミーデイビスJr、チャーリーチャップリン、フレッド・アステア、ジーンケリー、ビル”ボージャングル”ロビンソン*・・そういう本当のエンターテイナー、本物の、小細工なしのショー・ストッパー*(賞賛の拍手が鳴り止まずショーを中断させてしまうほどの天才)たちなんだよ。


*Bill"Bojangles"Robinson・・アステアやサミーにも影響を与えた伝説の黒人タップダンサーです。でもサミーの十八番である「Mr.Bojangles」の歌に出てくるBojanglesではないようです。歌の中の老人が自らを「かつてはBojanglesと呼ばれたこともある」というのは、天才Bojanglesぐらいイカしたダンサーだったのさ、という意味なのでしょう(プチ情報w)

*ちなみにIT関連でこの言葉は、「ハードおよびソフトの致命的な問題やバグ」のことを言って、まったくもってよくないイメージなのですw エンターテイメント界ではいい意味で使うのですね。(プチ情報2w)




ケニー・オルテガもインタビューで語っていました。(ソースはこちら
「僕は、マイケルは(ジーン・ケリーより)フレッド・アステアのエレガンスさに影響を受けていたと思う。
マイケルはサミー・デイビスJrやジェームス・ブラウンやジュディ・ガーランドやフレッド・アステアを敬愛していた。
でも、彼らと同じになったということではない。
マイケルは彼らから何か触発されただろうけれど、あくまで自分で全てを作ったんだよ」


アステアの洗練された美しいダンス
サミーの粋で品のあるスマートなタップ
JBが持つファンキーでソウルフルなステップ

少なくとも彼らから学べるだけ学んだあとは、それら彼らのエッセンスは全て自分の血となり肉となり細胞となって、もともとの天性の才能と溶け合い融合し、他のだれでもない唯一無二の自分だけの芸術に昇華させた。

踊りの基礎だといわれるタップや、BADのSFでみられたウエストサイドストーリーを髣髴とさせるジャズダンスや、宇宙遊泳のようにかかとを軸にゆっくりまわるムーンウォークや、バックスライド(今一般に言われているマイケルのムーンウォーク)を生んだ黒人のストリートダンス、これらも一目見れば自然と体が反応してしまう彼が、そこに練習と言う努力を足した結果、時に美しく、時にエネルギッシュに、正確で緻密で、だけどそれだけじゃない魅せるダンスを自分のものにしてしまった。

しかも彼は黒人特有の素晴らしい身体能力ゆえに、すぐに発達しやすい筋肉を持っていましたが、特に上半身の筋肉が発達しすぎると美しくみえないとして、出来るだけ鍛えるのはインナーマッスルのみ、という徹底ぶりをもって踊っている時の見た目をもコントロールしていました。
確かに胸筋が発達しすぎると、上体が大きくなりすぎて繊細な踊りにはそぐわない体型になりますし、何といっても激しい動きから静止した後の呼吸状態がわかりやすい。

余談ですが、TIIでのドリルから「They Don't care about us」へ移る一瞬の静止時、バックダンサーは胸が大きく上下に動き、その呼吸の激しさが伺えますが、マイケルの胸は少しも揺れない。
これはマイケルが持つ特別な呼吸法によって制御されているのだと聞いたことがありますが、それに加えて筋力はつけても必要以上に上体に筋肉をつけない彼の肢体とのなせる技。
まさに完ぺき主義者のプロ意識を垣間見れた瞬間でしたよね。

彼のその必要以上に筋肉を発達させない細身の肉体が優雅さを生むのです。
わたしが彼のダンスを好きな理由のひとつです。
弱々しい細さではなくしなやかな筋肉を軽くまとったかのような彼だから、よけいに手足の伸びやかさが美しく見えるし、それこそただ歩くだけの動きでもきちんときれいでしょう?
マイケルはセクシーではあるけれど、それは一般的に言われている色気というより、ミケランジェロのダビデ像のような、裸体なんだけど下品じゃないというか。
例えば「In The Closet」のような官能的な踊りであっても、どうしてもその中に品を感じてしまうのは、やはり体つきが大きく関係しているような気がします。

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アステアやサミーにもそれを感じます。

The Band Wagon - Fred Astaire and Cyd Charisse

アステアは前述の「The Band Wagon」内のダンスナンバー「The Girl Hunt Ballet」で、相手役のCyd Charisse と踊っていますが、セクシーな絡みというよりは紳士的に彼女をエスコートし、彼女の魅力を際立たせてあげているように見えるのは、やはりアステアの細身の体が生み出す洗練さゆえではないかなと。

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ショーで軽々とタップを踏むサミーのパフォーマンスから感じるのは、やはり細身の重力を感じさせないその姿だからこそかもし出される小粋で上品でスマートな優美さでした。


あのクインシー・ジョーンズをして「フレッド・アステアやサミー・デイビスJr、ジェイムズ・ブラウンを同時に連想させる至芸者」と言わしめたマイケル。

尊敬して憧れた多くのショーストッパーたち・・
その偉大な先人たちの誰にも真似できない真髄を彼はいとも容易く手に入れた。

一筆書きのような途切れ感のない流れるようなきれいな動き。
動と静のコントラストが絶妙で、激しい踊りの最中でも彼の手足の運びはスローモーションのように優雅。
にもかかわらず、音とのタイミングは気持ちのいいほどぴったり決まる。
顔や首が一番美しく見える角度に、手足は伸ばされようが曲げられようが絶対に美しく見える位置へ寸分たがわず「ここ!」というポジションにぴたっぴたっと決まる。
その踊りはもはや「振り付け」ではなく、彼の「呼吸」そのもの。

I know my fate is to show others that this silence, this light, this blessing is my dance.
I take this gift only to give it again.

この静寂と光と祝福こそが僕のダンス、そしてそれを人に魅せることが自分の宿命
この(神からの)ギフトをまた人々に分け与えるだけ

MJ Dancing the Dream内「Dance of Life」より抜粋




2010年8月15日、ニューヨーク州サラトガ・スプリングスの国立ダンス博物館。
1987年に創設されて以来、主としてバレエやモダンダンス界での功績を認められたダンサー・振付師が対象で、アステアや伝説のタップダンサー、ビル"ボージャングル"ロビンソンを含め43名が殿堂入りしていました。
マイケルはその44人目としてPops/Rock界から快挙ともいえる初の殿堂入りを果たしました。

Michael Jacksonという、このリズムに魅入られた天才が神から贈られた天賦の才能を惜しみなく使って、自身の宿命に従いわたし達に魅せてくれるダンスは、彼が敬愛した偉大な先人たちの魂を受け継ぎながら、自らのオリジナルとして進化させ昇華させた、最高に優雅でファンキーで洗練された超一流のエンターテイメント。

それが証明された殿堂入り・・なのでしょう。


closet5.jpg



I've always love to dance.
When I was just real little I used to watch Sammy Davis, Fred Astaire, James Brown...and just dancing about the house.

いつだって僕はダンスが大好きだ。
ほんの小さい頃は、サミー・デイヴィス、フレッド・アステア、ジェームズ・ブラウンを見ては、とにかく家中で踊ってたんだよ。



You are a true genuine showstopper!
Your dance lives forever..


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gonpee2008

Author:gonpee2008
名前はakim
家族は主人と猫のゴン&ピー
いたってノーマル・・だけどMJバカw

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